長文

□記憶喪失
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【記憶喪失】



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ある日、僕は趣味で始めたバンドの練習に参加していた。
バンドって言っても、メンバーは2人だけ。



一応、僕はボーカルでもう1人はギター。
まだ、LIVEも数える位しかやった事ないし、お客さんだってほとんど入ってない。



ある夏の暑い日。
バイトから帰る途中、具合が悪くなった。
最近、夏バテ気味でろくにゴハンも食べていなかった。



強い日差しに照らされて、フラフラする。
一瞬、目の前が真っ暗になった。



遠くからクラクションが聞こえる。
その音が段々大きくなる。







体への強い衝撃で僕の記憶はなくなった。







僕は、ふらついた拍子に道路へ飛び出し、走ってきたトラックにひかれた。














……らしい。










目が覚めた時、ベッドに横になっている僕を知らない人達が見下ろしていた。
異様な光景だ。




「どちら様ですか?」



僕が発した一言に、見下ろしていた人たちの顔が一瞬で曇った。













どうやら、僕は記憶喪失になっているらしい。









家族と思われる人たちは、担当医と話をするため、病室を出ていった。







一人、病室に残された僕は、不思議な気持ちだった。
断片的に記憶に残っているものはあるけど、途中で思い出せなくなったり、何とも気持ち悪い。





しばらくすると、病室の外から話し声が聞こえた。
そして、病室のドアが開き、見知らぬ男が入ってきた。





豊「……翔」





そうか…僕の名前は翔って言うのか…。





翔「すみません。どちらさまですか?」





僕の問いかけに、この男も顔が曇った。






豊「やっぱ、俺の事もおぼえてないか…」


翔「うん…」


豊「まぁいいや。俺さ、これから毎日来るからさ。今日から覚えてよ。無理に思い出さなくていい。今日からの俺を忘れないでくれたらいいから」


翔「僕と君は友達だったのかな?」





一瞬、困った顔をしたように見えた。
とても言いにくそうな顔。




豊「まぁそんなとこだな」




そう言って、「また明日な」と帰ってしまった。





それから、毎日のように豊くんは病室に来てくれた。




事故に遭う前の事。
事故に遭った後の事。

僕と豊くんが高校時代から友達だった事。
僕が、2か月も目を覚まさなかった事。




毎日が新しい事の連続で、混乱して体調を崩す時もあった。
そのたびに、豊くんは必死で看病してくれた。





何度も、豊くんは事故に遭う前の事を話してくれていたけど、何度聞いても事故に遭う直前の事は思い出せなかった。





それから1か月程入院していた僕は、リハビリなどで病室から出る事も増え、車イスで外を散歩するまでに回復していた。




その日は、豊くんが昼からお見舞いに来てくれていた。
車イスを押してもらって、病院の中庭を散歩する。



天気も良くて、風も気持ちがいい。
ふと、昔の事を思い出す。





翔「昔、家族で花見に行った事があるような気がする…」


豊「お、また新しいの思い出したな!」


翔「でも、何で豊くんとの事は、思い出せないんだろう…」
















車イスが止まる。
僕は、振り返って豊くんを見上げた。
















豊「それは…」



翔「どうしたの?」



豊「それは…俺がお前に嘘を教えてるから」



翔「え?」










それから、意を決したように、豊くんは話始めた。


全然、聞いていた内容と違う…
初めて聞く事ばかりだった。











「豊くん」ではなくて、「豊」と呼んでいた事。







バンドを2人で組んでいて、僕はボーカルで豊くんはギターだった事。























僕たちは恋人どうしだった事。



















突然の話で、何も考えられなくなった僕は、その場で戻してしまった。
血圧も下がり、すぐに病室に戻された。



豊くんが、どんな顔していたのか…















それから、豊くんは来なくなった。





僕の体調も最近良くなくて、リハビリも中断していた。
飲んでいる薬のせいか、一日のほとんどを寝て過ごしていた。






一週間待っても、二週間待っても豊くんは来なかった。




もしかしたら、僕が寝ている間にこっそり来ているのではないかと思って、豊くんに手紙を書いた。
その手紙を病室のテーブルに置いた。






■ 豊くんへ

■ ごめんね
■ ちゃんと話がしたいです

■ 翔より







いつしか、また薬のせいで眠りについていた。
目を覚ますと、テーブルに置いた手紙が無くなっているのに気がついた。




しかし、豊くんの姿はどこにもなくて、代わりに一枚のCDが置かれていた。






翔「豊くん…やっぱり来てたんだ…」





その日の夜に、豊くんから届いたCDを聴いてみる。


歌手名とか曲名を見たけど、ピンとこなかった。








ポータブルCDプレーヤーにCDをセットして再生ボタンを押した。

















一瞬で、胸が痛くなった。
息をするのもつらくなって、涙がボロボロこぼれた。









初めて、出会った時に流行っていた曲。

…2人で良く何度もリピートして聴いていたなぁ









2人が恋人になった時に聴いた曲。

…そうだ、僕から豊に告白したんだ。
…バンドの練習の帰り道で。
…豊のビックリした顔。







初めて手を繋いだ時に聴いた曲。

…ライブで上手く歌えなくて落ち込んでた時だったな。
…「俺なんてギター弾けないんだぜ?」って意味わかんない励ましだったなぁ







初めてキスした時に聴いた曲。

…たしか、僕の誕生日だったような。
…豊の部屋で。













初めて結ばれた時に聴いた曲。















…豊…会いたい…








僕は、夜中の病室で泣いた。










翌日、目を覚ますと、病室のテーブルの上にコンビニの袋が置いてあった。



まだ痛みの残る足を引きづりながら、テーブルの袋に手を伸ばす。
中には、飲み物とプリンが入っていた。






どちらもまだ冷たい。






転びそうになりながらも、病室の窓へ向かう。
何とか、窓際にたどりつくも、足に激痛が走る。





窓から外を見ると、遠くに豊の後姿を見つけた。











翔「豊くn……ぁ……豊!!!」







お腹に響いて、傷口が痛むほど、僕は大きい声を出していた。





豊は、驚いて振り向いた。
そして、目が合った。






しかし、足の激痛に耐えられなくなった僕は、床に倒れてしまった。


せっかく、豊に会えたのに…






翔「うぅ…っ…ゆたか…」




床に倒れたまま、僕は声をあげて泣いた。













勢いよく病室のドアが開いた。






豊「翔!!」





久しぶりに聞く豊の声。
でも、足が痛くて動けない。



豊は、僕のもとへ駆け寄り、体を起こしてくれた。






豊「大丈夫か??無理すんなよ…視界からいきなり消えて心臓止まるかと思った…」





僕は、声にならなくてただただ豊に抱きつく事しかできなかった。






僕を抱えて、ベットに寝かせてくれた。



豊もベットに腰かけて、僕の手を握った。








豊「合わせる顔がなくて…毎日来てたけど、お前が起きてる時はそのまま帰って、寝てる時は顔だけ見て帰ったりしてたんだ」



翔「僕ね、思い出したんだ。あのCDを聴いて…豊の事が好きって気持ちも全部…」



豊「そっか…」



翔「豊…好きだよ」



豊「あー、ヤバイ。泣きそう…」



翔「泣いてもいいよ」







豊は、僕のベットに顔をうずめて泣いた。
思わず僕ももらい泣きして、一緒に泣いた。









それから、僕の記憶はあまり戻らなくなった。
豊の事はほとんど思いだしたけど、バンドの事は思い出せていない。
いつか思い出す日が来るだろう…



リハビリも順調で、松葉杖を使って一人で歩けるようになった。
来月あたりに退院できそう、と先生が言ってくれた。



豊は、僕と一緒に暮らすために、新しいアパートを借りてくれた。
バイトも増やして、頑張ってくれている。



これから、僕はどうなっていくのか…
でも、きっと豊となら何とかなる気がする…



豊…ありがとう…



〜おわり〜


******************


豊「ん?何見てんの?」


翔「あ、聞いてよ。昨日さ、部屋の掃除してたら出てきた」


豊「ん?え!これ…お前が事故った時の日記じゃん!」


翔「そうそう…懐かしくない?」


豊「やべwなつかしー…ちょ見せて!」


翔「だめだよw黒歴史だよw」


豊「てかさ、あのCDってまだ持ってる?」


翔「あ、それも昨日見つけたw」


豊「わー!マジかよw黒歴史!」


翔「懐かしいな…」


豊「だな…今日、お前んち行っていい?」


翔「CDは返さないよw」


豊「ちょwwお願い返してww」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

淳「何、騒いでんの?あのバカップルw」


研「さぁ?CDがなんとか…黒歴史がなんとか…って聞こえたけど?」


淳「僕たちは、あんな風にならないようにしようね♡研二っち!」





翔・豊「淳くん…何か言った?」


淳「なんでもなーい!!」




〜(本当のおわり)〜

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