忍たま

ふたり
1ページ/8ページ






 夜空には、小気味いい笑い声と、少しの怒声。
それから、二人分の笑い声が響いた。






ふたり










「…え、」
「固まるなあ!」


 やっぱり、滝夜叉丸に相談しようと思った僕がいけなかった。滝夜叉丸は意外だ、と固まった。


「あ、ああ。…いいだろう、なんだ?」
「ええっと、」


 今僕達がいるのは食堂で、いつあの人が現れるか…いや、誰に聞かれるか分からない状況だ。


「ふむ。その様子から察するに、潮江文次郎先輩のことだな?」
「っ!そうだ」

「そういうことなら私の部屋に行こう。喜八郎は夜まで戻らないと言っていた」
「ああ、分かった」


 僕が頷くのを見ると、滝夜叉丸は満足そうに茶を啜って、立ち上がった。
 それに倣って僕もお盆を持ち、おばちゃんに挨拶をして滝夜叉丸の後に続いた。


「…それにしても私に相談とは珍しいな」
「う。…だって、」


 言い淀む僕に、滝夜叉丸は本当に不思議なのかきょとんとした表情で僕を見ていた。


「…お前は、その、…七松小平太先輩がいるだろうが!」
「あっ、ああ!なるほどな!」


 念頭から外れていたらしい事実に、滝夜叉丸が些か顔を赤くし、それを振り払うように少し声を張った。


「六年生に恋人を持つのは後は喜八郎くらいだろう。でも、喜八郎は何を考えているか分からんし」


 理解の遅い滝夜叉丸のためにわざわざ言うと、滝夜叉丸は苦笑じみた笑みを浮かべて言った。


「喜八郎も分かりやすい奴だよ。本当はな」

 同組で、同室だからだろう。四年の中で綾部喜八郎という人間を1番理解しているのは滝夜叉丸だと思う。

(逆にこいつを理解しているのも喜八郎なんだろう)


 同じ組、という結束が羨ましくなる時がある。まあ、だからと言って考え込むようなことはないけれど。


 滝夜叉丸は、軽い茶菓子と緑茶をそっと出し、僕に話を促した。


「それより、何があったのだ?見るかぎり仲は良さそうだが」

 …滝夜叉丸の言う通りだ。端から見るかぎり、仲の良い先輩後輩なのだ。
 そう。先輩後輩なのだ。


「…滝夜叉丸は、…その、」
「?」

「七松先輩と、どこまでした?」
「なっ!」


 聞くと、滝夜叉丸の顔はさっきとは比にならないくらい真っ赤になり、後ろにのけ反った。


「ぼ、僕だってこんなこと聞きたくない!だけど、潮江先輩が…」


 なんてことを、と滝夜叉丸の目がそう言っているのが分かり、僕の顔も赤くなる。顔が熱い。


「……お前は、先輩と、えっち、したのか?」
「…っ!は、はしたない…!」


 僕の問いに、滝夜叉丸は頭の羞恥心の許容量が溢れてしまったのか、茹蛸みたいになって、些か目に涙が浮かんでいるようにも見えた。


「いいから!」
「…っ、み!三木ヱ門はどうなんだっ!」

「…っ」


 むっ、とした。


「してくれないから悩んで、お前に相談してるんじゃないかあ!」



「は……」
「……ちくしょ」

「………」
「………」



 滝夜叉丸は、呆気にとられたらしく、言葉を失って僕をじっと見ている。
 こいつの性格なら、お前には魅力がないから、など、私のようにあーだこーだと言ってくれると思った。

(七松先輩はああいう人だから、きっとしてるに違いない)


 なのに、滝夜叉丸はようやく状況を理解したのか、固まった状態から肩の力を抜いて、うっすら微笑んだ。


「三木ヱ門」
「な、なんだよ」

「お前は本当に潮江先輩のことを好いているんだなあ」
「…っ」


 滝夜叉丸の表情は、これまでに見たことがないくらい優しい表情をしており、滝夜叉丸がもし女だったのなら、きっと聖母と呼ばれるような、そんな。


「わ、…悪いか!」
「いやいいんだ。嬉しくてな」


(滝夜叉丸は、嬉しいとあんなにも綺麗な表情をするのか)


「……なるほどな。潮江先輩は学園一ギンギンに忍者しておられる方だ。そんな欲は持っておられないのか。いや、持たれる対象ではないのか…などと考えていたわけだ。」

「う」




.

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ