忍たま

三木ヱ門の恋。
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ねえ、
ねえ、先輩?

先輩は、いいんですか。







三木ヱ門の恋。







「…すき?……私を、ですか?」

「あー、うん。だから、付き合ってほしくて」



 思わず、聞き返してしまうほどに意外な人からの言葉だった。

 四年のいつもいる連中らと昼飯を済ませ、長屋に帰る途中に呼び止められた。


 ちょっと来てくれないか、と言う五年の竹谷八左エ門先輩の顔はとても神妙で、どこか切羽詰まったような感じも見受けられた。



「えと、困ります…だって私、先輩のことよく知りませんし、」
「なら!」


 言葉の途中で、竹谷先輩に遮られた。ぎゅ、と握られた手はとても熱く、じっと見つめてくる目は爛々としていた。


「なら、知ればいい。今度、授業が早く終わる日、一緒に町に行こう。な?そうしよう!」
「そんな、急に言われても…」



 と、視線を感じてそちらを見ると、あの人がいた。


「し、おえ、先輩…」


 絞り出すように声を出すと、潮江先輩はピクリと肩を揺らし、いつもと変わらない声で言った。


「悪い、立ち聞きするつもりはなかった」


 そうとだけ言うと、潮江先輩はくるりと踵を返し、さっさと六年生の長屋の方へと歩いて行った。



「田村」
「えっ、」

 竹谷先輩に視線を戻すと、先輩の表情は少し強張っていた。


「田村の気持ちは知ってる。でも、田村はまだ俺を知らない。だから、俺をすきになる可能性だってあると思うんだ」

「…え…」


 なんて、前向きなんだ。


「だからさ、とりあえず一緒に出掛けよう?」
「………はい、」


 つい、頷いてしまった。でも、目の前で喜んでいる竹谷先輩を見ていたら、たまにはいいか、と心を緩めた。




 僕は、潮江先輩がすきだ。
でも、潮江先輩は忍者になること、忍術学園の学園長になることを目標としている。だから、常に忍者らしくあれ、と気を引き締めている立派な方だ。

(でもそれは同時に、潮江先輩に恋する者へ必然的に失恋をもたらす)


 報われなくてもいい、そんな諦めから始まる恋だ。
いまさらどうこう言えない。でも、それでも、一言だけ。



「先輩は、これで構わないとお思いですか」


 誰もいない校庭の隅っこで、誰にも聞こえない声量で呟いた。
 …当たり前に、誰も応えてはくれなかった。














「あ、田村!こっち、」
「こんにちは、竹谷先輩」


 申し訳ないことに、竹谷先輩を少し待たせてしまったようだ。学園の門に背を預け立っている先輩のもとに走り寄ると、先輩に挨拶をした。


 竹谷先輩は僕を上から下まで眺めると、うん、と嬉しそうに言った。


「田村は今日もかわいいなあ」
「なっ、あ、当たり前です!ア、アイドルですからっ!!」

「うん」



(…調子が、狂う)


 正直に、こうして率直に面と向かって褒められることは悪い気なんてこれっぽっちもしない。
 でも、彼なら。


(!いかんいかん!比べてしまっては竹谷先輩に失礼だ)


「じゃあ、行こうか」
「あ、はいっ」








(とても…、楽しかった)



 あれから、見世物小屋に入ったり、食事をしたり、買い物をしたり。

楽しかった。

 竹谷先輩は驚くほどさらりと優しさを振り撒く人で、自然とエスコートされていた。



(でも、なあ…)

 随所で感じ、眉を寄せてしまう彼との“違い”。
 こんなの、贅沢なことで、僕なんかがって思うところなんだろうけど。






「たーむら!」
「竹谷先輩」


 あれから、頻繁に竹谷先輩に目をかけてもらうことが多くなり、一緒に食事を摂ることも増えた。

 最初は訝しがっていた喜八郎や滝夜叉丸も、最近になっては慣れたものだった。



「あ、三木。竹谷先輩」
「ほんとだ…」


 五年生の実技の授業が教室から見えた。四年は、明日の実習に向けて今日は早めに授業を終わらせていたのだ。



「かっこいいねえ」
「……う、ん…」


 竹谷先輩は同級の鉢屋三郎先輩と胸についた懐紙の取り合いをしていた。
 きっと、懐紙を取られた方が負けなんだ。



 獣みたいに身を翻しながら、跳躍、反転、防御。身のこなしの全てが、きれいだった。


(さすが、五年生だなあ)





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