忍たま

手をつなごう
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(ごめんね、泣かないで、)









手をつなごう








 陽射し麗らかな春。
昼の温かな日の中で、木の陰に身を寄せて体を休ませている1年生がいた。



「たーき」
「…なんだ」

「みきはあ?」
「うしろ」

「あ。いた。じゃ、私もー」
「三木の隣へ行け、せ・ま・い!」


 3人の1年生が仲良く昼寝をしている様子は微笑ましく、通りがかる上級生たちはみなくすくすと笑いながら通り過ぎて行った。






 3人がうとうととまどろみ、三木ヱ門に至ってはぐっすりと夢の中にいるころ、1人の上級生が3人の前に立ち止まった。


「…おーい、寝てるのかー?」



 つんつん、と滝夜叉丸の頬をつつく指。その感触に、滝夜叉丸はうっすらと目を開けた。


「あ、起きた。って、私が起こしたのか」


 はは、と笑った声には少しの罪悪感も含まれていなかった。当然、起こそうとしてやったことだからだ。


「……、うう、あれ…?」


 滝夜叉丸は、目の前に広がる若草色に、2、3度瞼をしばたかせると、ぱっちりと開き、勢いよく起き上った。


「なっっ、七松小平太先輩ッッ!」
「おー、起きたー」


 にこにこと笑顔を浮かべて、小平太は滝夜叉丸の頭を撫でた。


「は、はい」
「でんごーん。」

「え?」
「今日の委員会は裏裏山までランニングー」

「え…、昨日は裏山だと、」
「うん。でもなんか作法が仕掛けた罠を取り外しに行くんだってさ」

「あ、なるほど。それがあるのが裏裏山なのですね」
「そゆこと。んじゃっ、伝えたよ」



 寝てたとこ悪かったね、と小平太は滝夜叉丸の頭をもう一度撫でた後、軽やかに走り去って行った。


「…裏裏山、かあ…」



 滝夜叉丸は、1年の自分には体力的にきついだろうと肩を落とした。それでも、距離が延びるということは、小平太と共にいる時間が延びるということを自然と表わしていて、同時に嬉しかった。

 陽だまりのような、あの人の近くにいられることが、とてもうれしかった。













「よーし、体育委員、全員集まったなー?」




 放課後になり、委員会の時間になった。
委員長の声に、上級生たちがおー、と返事をした。一番年下の滝夜叉丸は、委員長の指示で小平太の近くに控えていた。

 やはり下級生の滝夜叉丸は、体力的に上級生と共に山を登るのは困難だろうという判断からだった。


「じゃあ今から出発する!小平太、滝夜叉丸を頼むぞ?」
「はいっ」

「滝夜叉丸も、辛くなったら小平太に遠慮なく言うんだぞ」
「はい」


 委員長は、小平太と滝夜叉丸の2人の頭を軽く撫でると、先頭に立ち、事務員の人と話をしていた。


「上級生、俺を抜かしてもいいからなー!」


 ははは、と委員長の笑い声と共に、砂埃が一瞬舞った。と、委員長の姿はもうなかった。


「抜かせる気はないなあ〜」


 あはは、と隣で笑う小平太を見上げ、滝夜叉丸は不思議そうに首をかしげた。


「なぜですか」
「ん?」

「抜かしたければ、抜かせばよいのです」
「いや、でもさ、」

「?」


 不思議そうに小平太を見上げる滝夜叉丸を見つめ、小平太は思った。


(…この子は、すごい)


 普通、上級生と言えども委員長を抜かす、というか、委員長に敵うわけがないと初めから諦めている。なのに、この1年生はそんなものは関係ないと言いたげだ。



「…滝夜叉丸、ならば、私を抜かしても良いんだぞ?」
「いえ。」

「…ん?」
「わたしは、委員長に先輩のそばを離れるなと言われました。……ですから、離れません」


 滝夜叉丸の口ぶりは、まるで自分など抜かせるが、今は抜かない。そう言っているようだった。


「…そうか」
「……先輩を抜かそうとすれば、きっとわたしは途中でばててしまいます」

「!」
「そうしたら、わたしは先輩にご迷惑をおかけすることになります」


「そう、か」
「はい」



 軽く走りながら続いて会話が、途切れた。小平太が滝夜叉丸を見ると、滝夜叉丸は一生懸命に前を向いて走っていた。

 …今から山道に入る。小平太は、たっ、とかけて滝夜叉丸の前に立つと、滝夜叉丸に声をかける。


「滝、今から道が狭くなる。私の背中を見て、足元に注意するんだぞ」
「はいっ」



 滝夜叉丸のはきはきとした返事に、小平太はそっと胸をなでおろす。


 …小平太の下には、1人の後輩がいた。その後輩は、小平太の1つ下で、元気のいいやつだった。しかし、その姿を信じすぎていた小平太の過失で、後輩が委員会を辞めてしまった。


「……、」


 その時の喪失感と言ったら、小平太は今も思いだすと胸を痛めていた。




「はあ、はあ、はあ、」


 後ろから聞こえてくる小さな、規則正しい呼吸音。まだ、平気だ。安心した。小平太は前を向き、自らも走りやすいルートを探して走る。



(今回の後輩は、いけるかもしれん)



 わく、と胸が躍った。ぞくぞくと体の中を駆けめぐって行く期待感と高揚感。小平太は、知らずのうちに足が大きく、そして速く動いてしまっていた。







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