忍たま

噂の君
1ページ/4ページ







「ぜぇぇぇぇっっったいっ、ダメー!!!!!!」





噂の君







 小平太の憤慨した声が、食堂に響いた。
叫んだ後も、小平太は立ち上がったまま目の前の人物…仙蔵を睨みつけていた。



「ダメも何も、噂の君が決めることだろう?」
「でも、ダメ!!」


 騒ぎの中、遅れて食堂に足を踏み入れた文次郎は、騒いでいる2人(おもに小平太)を驚いた眼差しで見つめていた。
 幸いなことに食堂には三年生6人しかいなかったため、大きな騒ぎにはならなかった。



「…何を騒いでるんだ?」


 おばちゃんから定食を受け取った文次郎は、一番手前にいた伊作に話しかけながらも、その向かいの食満とは一番離れるように座った。


「あ、文次郎お疲れ様。委員会終わった?」
「ああ…、小平太のやつ、どうしたんだ?」


 長次の向かいに腰を下ろすと、長次がもそもそと話した。


「……噂の君、の取り合い…」
「ああ…、なるほど、な」


 隣の仙蔵と、その向かいでぐるぐると威嚇をしている小平太を見ながら溜息をついた。

(結局、噂の君を見たやつで取り合いか)



 入学式の日、伊作と食満は学園の修復をしていたために噂の君は目にしておらず、長次も最初から興味がなかったようで長屋にこもっていた。


 文次郎、小平太、仙蔵は3人そろって噂の君を目にしたのだし、みなそれぞれ噂の君を気に入っていたのだからこうなることは文次郎の予想内だった。



「…で?仙蔵はどこまでやったんだ?」


 入学式の日から委員会にもらうと言いきっていたのだから、もう手まわしは完璧だろうと思って文次郎は聞いた。

 案の定仙蔵は嬉しそうに目を輝かせながら箸を文次郎につきつけた。


(…作法委員としてそれはどうなんだ)


「それがな!あちらから興味を持ってくれたようで私に声をかけてきたのだよ」
「へえ」


 文次郎は、少し胸を痛く思った。しかし、それに浸る間もなく小平太のこぶしがどんっ、と机をたたいた。


「だめ!あの子は体育!」





 むん、と鼻息を荒くする小平太に、とりあえず落ち着いて座るよう促してから言葉をかけた。


「しかし、実際一年の自由だろう…委員会選びは。」
「なんだよ!文次郎はほしくないのか!?会計に!」

「いやあ…、それは、」
「ふん、むっつりめ」



 2人に言われ、文次郎は多少かちんときた。

「だから!俺たちがどうこう言っても仕方ないだろう!!」


 文次郎のいらいらとした空気を悟ったのか、小平太はしゅんと黙った。仙蔵は「腰ぬけめ」とバカにしたように言ったが、それに続く言葉はなかった。


「でもさー、3人ともがそんなに熱くなる一年生かあ〜…僕もちょっと見たかったな」
「…ふうん」


 伊作が箸を口に付けてぽやんと考えている仕草を見て、食満が不機嫌そうにこぼした。


「あっ、いや、そういう意味じゃなくて!」
「分かってるけど?…どういう奴なんだ?」


 食満の問いは3人に向けられ、3人はどう表したもんかとうーん、と唸った。



「なんかこう…、髪が真っ黒じゃないんだよなあ」
「ちょっと色素が薄い感じだな」

「瞳もだな」
「そうそう、んで華奢な感じ?」

「目がくりっとしてて」
「肌が白くて」

「唇柔らかそうだった」
「…そんなとこ見てたのか、破廉恥な」

「えへへ。髪の毛まっすぐさらさらで〜」
「は?くせ毛だろう」

「いや、まっすぐだったぞ」
「そうか…?まあ、じっと見ていた瞳は意志が強そうだったな」

「え?そんなことあったのか?お辞儀されて行っちゃったぞ」
「…、動揺してたんじゃないか?」

「ん?」
「あれ?」
「待てよ、」


「……お前ら誰のこと言ってんだよ」



 3人が口々に言っていたが、だんだん話がかみ合わなくなった。食満は眉を寄せて訝しがり、ついには言った。
 伊作と長次も不思議そうにしており、食満の言葉に頷いている。

…まるで、噂の君が1人じゃないような話だ。


「いやだから、噂の君が、」
「お前らの話噛み合わねえじゃねえか」

「…、待て。あの時一年は3人いただろう」


 文次郎が気付いたように言うと、小平太は首をかしげ、仙蔵はああ、と小さく洩らした。


「試しに小平太から言ってみろよ」

「ああ!なんかな、髪が真っ黒じゃなくて、ちょっとだけ茶?みたいな感じでまっすぐでな、目がまん丸でくりっとしてて、意志が強そうだった。でも礼儀正しいぞ。ちゃんとお辞儀したもん。で、肌が白くて、眉がちょっと太いかな。でも唇が柔らかそうで可愛かった!すき!」

「……、す、すきって…、おい」


 食満が呆れたように言ったが、自分のこともある手前何も言わなかった。
 そして、ちらりと仙蔵の方を向いて促した。

「仙蔵は?」

「うむ。髪が灰色がかってて、くせ毛だった。でも、きれいな髪だ。少し長いな。目がまん丸でじっとこちらを見ていた。肌が白くて女子のような印象だったな。ちょっと何を考えているのか分からないような表情が気に入ったな」


「ぜんっぜん小平太と違うじゃねえか。で?そこの、タヌキは?」


 食満は呆れかえったように額に手を当てながら、嫌そうに文次郎に話を振った。


「…。だいたい、小平太と一緒だがな。…違うのは髪がもっと明るい茶色で、金に近いことだ。あと瞳も赤っぽかった。まっすぐな髪で、肌も白い。ただ…、俺と目が合ったら慌てて下を向いてしまった。おろおろした感じで友人と行ってしまった。」




「3人とも全然違う!」



 伊作が笑いながら言うと、食満も納得したように笑った。長次も頷き、食後の茶に手を伸ばした。


「検証しようよ、片づけした後で」
「そうだな」


 伊作の楽しそうな表情に食満も賛成すると、お盆を持って2人は立ち上がった。長次も賛成なのか、お盆の上から湯呑を退けるとお盆を持って立ち上がった。
 3人もしぶしぶお盆を持って立ち上がり、おばちゃんに声をかけてお茶をもらった。





.

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ