忍たま
□蛹
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世界が変わる、予感がした
蛹
私が最初にその噂を聞いたのは、先生からだった。
「今年の1年生は有望だよ」
「え?」
「優秀な子がいる」
「へえ…、それは楽しみですね」
「ああ、そうそう。立花より美しいかもしれんなあ」
…先生は、冗談のつもりだったと思う。
けらけらと笑っていたし。
でも、私にとったらそれはそれは興味深い発言だった。
「文次郎、聞いたか?あの噂」
「あ?」
教室に残って、むっつりとした顔で新しく配られた「忍たまの友」を読んでいる級友・同室者の潮江文次郎に声をかけた。
「今度来る1年の話さ」
「…ああ…。でも毎年のことだろ?去年は確か…、鉢屋三郎だったな」
「まあな」
ノリの悪い文次郎に溜息をつきながら文次郎の目の前に腰を下ろした。
ふう、と軽く溜息をつきながら文次郎は教科書に目を落とした。
「いまさら騒ぐことじゃないだろう」
「だがな、気にならんか」
「…まあ、気にならんと言ったらウソだがな」
「だろうだろう」
話にのった文次郎に、これは退屈しのぎができると気分が向上した。
「なんなんだ、お前は」
「賭けないかっ」
どうせ文次郎も暇人だ。退屈しのぎにはのってくるだろう。そう思って私はさっき思いついた「賭け」の内容を話した。
「今度の1年生の噂の君は大変美しいらしいじゃないか。しかし、私ほどではあるまい?」
「自分で言うな、自分で。」
ふふん、と鼻で笑い、文次郎を一瞥する。
「事・実・だ。そこで、噂の君が私より美しかったら文次郎の勝ち。私の方が美しかったら私の勝ち、だ。」
「……何を賭けるんだよ」
一段落話したところで、文次郎から問われる。ニ、と笑い、人差し指を突き立てる。
「食堂の手伝い免除」
「…ほう?」
「私が負ければお前の分も担当しよう。そのかわり、」
「俺が負ければお前の分、か」
「その通り」
にやりと笑うと、文次郎は少し考えるようにして視線をさまよわせた。
「…面白そうだろう?」
「まあな…」
「乗るか?」
「ううむ。…乗った」
交渉成立、とにんまり笑うと、そこへ明るい声が飛び込んできた。私と文次郎しかいない教室には、その声が響いた。
「おっ、いたいたー」
「小平太」
「探した〜、なんでまだ教室にいるんだ?」
「ちょっとな」
やって来たのは隣の組の七松小平太だ。
興味津津に私たちのところまで来て、すとんと腰を下ろした。
「なになに?」
「1年の姿を見ようと思ってな」
なんだか面白くなってきた。くすりと笑って小平太の疑問に答えると、小平太も窓の外へちらりと視線を送った。
「あーなるほど。」
「小平太も気になるか?美しいらしいぞ」
小平太も1年生が美しいことに期待していたら、「賭け」に混ぜようかと思った。
しかし小平太はうーん、と唸り、余り冴えない顔で頬杖をついた。
「でもさ、仙ちゃんよりはきっと、ね」
「そうでもないさ。私ほどの人間はその辺にもいる」
小平太の返答に満足し、「賭け」の話はしなかった。
「えー、そうかなあ」
「…仙蔵はそうやっていつも謙虚にしていれば学園、いや世の中一だろうよ」
「どういう意味だ文次郎」
「そのままの意味だ」
文次郎の言葉に目を鋭くした。が、同室3年目、こんなことをしてもなんの意味もないことは分かっている。いまさらだ。
潮江文次郎という男は、謙虚な人物が好みだ。私のように自信にあふれている人間はあまり好とはしない。まあ、私がそれだけの鍛錬を積んでいることは知っているようだが。
「お、お前のライバルがいるぞ」
「ああ゛?」
ふと窓の外に、見知った顔が2つあることに気付いた。文次郎の肩をたたく。私がさした指の先には、は組の食満留三郎がいた。同じ組の善法寺伊作も。
文次郎と留三郎は仲が悪いから、留三郎を目にした時の文次郎の面白い顔ったらない。
「あ、伊作」
「手伝っていると見えるな。あのお人よしめ」
「食満だけ委員会だもんなー」
「人が少ないからな」
「そういえば長次は?」
「長屋」
「ふん?」
「本読んでる」
小平太がふてくされたように同室の長次のことを口にするから、少し呆れた目で見てしまった。
呆れた目を向けると、小平太は少し拗ねたように頬を膨らませた。頬をつついてやった。
「…あ、あいつじゃねえのか」
「へ!?」
「来たか」
文次郎の声に3人で窓により、下を見下ろす。
…癖のかかった髪。少しだけ色素が薄い。私にはないものだ。自然に顔が整っており、…目が、まん丸。…これも私にはない。
「……かわいい」
「……、」
「まあ、大きくなれば美しくなるだろうな」
呟いた声が苦々しくなった。
しかし、なかなか私好みの性格をしていそうだ。きょろきょろとあたりを見渡し、友人と思しき人物の話など全く聞いていない。
それよりも小平太だ。一瞬たりとも噂の君から目を離さない。
(…ふん、惚れたな)
「忍の色恋は禁止だぞ」
「一目惚れとはな」
「ち、違うっ」
文次郎と一瞬目を合わせ、左右から小平太にどん、と肩を当てた。真っ赤になって否定する小平太が面白く、散々からかってやる。
と、
「あ」
文次郎が窓によりかかり、下を向いたままだらしなく声を発した。
それに気を取られたら、小平太が逃げ出した。…、まあいい。
「どうした文次郎」
「いや、1年生が…」
小平太は追わずに文次郎と共に下を見ると、3人のうち2人はいなくなっており、1人だけが見上げていた。…噂の君だ。
「ほう」
「…見てるな、ものすごく」
「なかなか可愛らしいな」
「まあ、…な」
(ほしい。ならば、)
「…ふむ。私の負けだ。」
「あ?」
「賭けだよ」
「ああ…」
文次郎は賭けのことが頭から抜けていたように間抜けな返事を返した。
「その代わり、噂の君は我が委員会にもらうぞ」
「……はあっ!?」
私が言うと、素っ頓狂な声を出して身を起こした。文句を言われる前に去ろう。
(さて、世界が変わる。きっと)
自分でも、上機嫌になっていることが分かった。
END