忍たま


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きれいだと、呟いていた












 学園中の噂になっていた。


「文次郎、聞いたか?あの噂」
「あ?」

「今度来る1年の話さ」
「…ああ…。でも毎年のことだろ?去年は確か…、鉢屋三郎だったな」

「まあな」


 つまらなそうに溜息をつきながら、級友であり、今年で3年間同室の立花仙蔵が俺の目の前に腰を下ろした。


「いまさら騒ぐことじゃないだろう」
「だがな、気にならんか」

「…まあ、気にならんと言ったらウソだがな」
「だろうだろう」


 話に乗った俺をみて、仙蔵は目をキラキラと輝かせて身を乗り出してきた。


「なんなんだ、お前は」
「賭けないかっ」

「……は?」


 …仙蔵の本当の目的は、こちらだったらしい。得意げに、まるで俺が賛成することを前提に話す仙蔵。


「今度の1年生の噂の君は大変美しいらしいじゃないか。しかし、私ほどではあるまい?」
「自分で言うな、自分で。」


 ふふん、と鼻で笑い、俺を一瞥する。


「事・実・だ。そこで、噂の君が私より美しかったら文次郎の勝ち。私の方が美しかったら私の勝ち、だ。」
「……何を賭けるんだよ」


 いきなり本題に戻った仙蔵に少しギクリとしながらも、問う。
 仙蔵はきれいな人差し指をするりと出して俺の目の前に立てる。



「食堂の手伝い免除」
「…ほう?」

「私が負ければお前の分も担当しよう。そのかわり、」
「俺が負ければお前の分、か」

「その通り」


 にやりと笑う姿は捕食者のような目をしていた。が、3年もそんな目を常に見てきたら、何も感情は湧かない。


「…面白そうだろう?」
「まあな…」

「乗るか?」
「ううむ。…乗った」


 …1年の入学式の準備はとうに終わった。つまらないと思っていたところだった。
 読み返して3回目になる3年の「にんたまの友」をぱたりと閉じると、仙蔵と2人で窓際近くの文机によった。



「おっ、いたいたー」
「小平太」

「探した〜、なんでまだ教室にいるんだ?」
「ちょっとな」


 確かに、みなはもう長屋に帰って自由時間を過ごしているか、上級生は実習や委員会の説明会準備に追われている。3年は自主練をしている者も少ないから、ほとんどが長屋に戻っている。


「なになに?」
「1年の姿を見ようと思ってな」


 小平太は興味津津に俺達の近くに腰を下ろした。仙蔵が楽しそうな笑みを浮かべながら小平太の疑問に答えると、窓の外へちらりと視線を送った。


「あーなるほど。」
「小平太も気になるか?美しいらしいぞ」


 小平太も賭けに混ぜるつもりなのか、と一瞬思ったが、ただ単に聞いただけらしい。
 小平太はうーん、と唸り、余り冴えない顔で頬杖をついた。


「でもさ、仙ちゃんよりはきっと、ね」
「そうでもないさ。私ほどの人間はその辺にもいる」


(…さっきと言ってることが違う)


「えー、そうかなあ」
「…仙蔵はそうやっていつも謙虚にしていれば学園、いや世の中一だろうよ」

「どういう意味だ文次郎」
「そのままの意味だ」


 仙蔵がき、と俺をにらむが、そんなことは慣れている。いまさらだ。
 立花仙蔵という男は、自分が美しいと認識しているから質が悪い。実際美しいが、それを当たり前のように口にするのが美しくない。




「お、お前のライバルがいるぞ」
「ああ゛?」


 仙蔵が愉快そうに笑いを含ませながら俺の肩をたたく。指の指す先には、は組の食満留三郎がいた。同じ組の善法寺伊作もいた。

 
(…ふん、猿が)


「あ、伊作」
「手伝っていると見えるな。あのお人よしめ」

「食満だけ委員会だもんなー」
「人が少ないからな」

「そういえば長次は?」
「長屋」

「ふん?」
「本読んでる」



 小平太がふてくされたように同室の長次のことを口にするから、少し呆れた目で見てしまった。小平太と長次は、本当に1年の頃から仲がいい。


 呆れた目を向けると、小平太は少し拗ねたように頬を膨らませたが、仙蔵のおもちゃになっていた。




 2人のやりとりを横目に、窓の下を見下ろすと、3人の1年生が校舎に歩いて行くのが見えた。



「…あ、あいつじゃねえのか」
「へ!?」
「来たか」


 俺の声に2人と一緒に窓により、下を見下ろす。
 …そいつは、日本人にしては色素の薄い髪と瞳をしており、思わず絶句するほどきれいだった。繊細さのある、美しさだった。



「……かわいい」
「……、」
「まあ、大きくなれば美しくなるだろうな」


 仙蔵が苦々しく呟いた。
しかし、仙蔵も窓の下から視線を外さない様子を見て、仙蔵はそいつを気に入ったらしかった。
 それよりも小平太だ。一瞬たりともそいつから目を離さない。


(…こりゃ惚れたな)
 

「忍の色恋は禁止だぞ」
「一目惚れとはな」
「ち、違うっ」



 仙蔵と左右からどん、とぶつかると、小平太は焦ったように言い返したが、顔が真っ赤になっていた。


 俺は、2人に気付かれないようにもう1度窓の外を見下ろした。
 …きれいだ。

「…きれいだ」


 思わず口からこぼれ、仙蔵や小平太に聞こえやしなかったかと焦ったが、仙蔵は小平太をからかうのに夢中で、気付かれたそぶりはなかった。


 ほっとしながら窓によりかかると、1年生のわーわーとした声が聞こえてきた。


(…ん?)


 それに反応して下を見下ろすと、先ほどの1年生3人がこちらを見上げていた。


「…あ」


 そいつと、目があった。
と、そいつは、ぱっ、と俺から目を離し、下を向いてしまった。


「ん?どうした文次郎」
「いや、1年生が…」


 逃げ出した小平太を開放し、仙蔵も下を見た。
すると、3人のうち2人はいなくなっており、1人だけが見上げていた。


「ほう」
「…見てるな、ものすごく」

「なかなか可愛らしいな」
「まあ、…な」

(でも、あいつのほうが)


「…ふむ。私の負けだ。」
「あ?」

「賭けだよ」
「ああ…」

「その代わり、噂の君は我が委員会にもらうぞ」
「……はあっ!?」


 仙蔵は些か機嫌よさそうに廊下へと歩き、ひらりと手を振って姿を消した。


「……あいつ、会計にはいらねえかな…」



 …仙蔵の手にかかったら無理だろうか。
いやでも、と。
 一抹の期待をぬぐい切れなかった。




(目が、あった)


 それだけで高揚している自分は、忍失格だな、と溜息をついた。






END

 

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