忍たま
□蕾
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きれいだと、呟いていた
蕾
学園中の噂になっていた。
「文次郎、聞いたか?あの噂」
「あ?」
「今度来る1年の話さ」
「…ああ…。でも毎年のことだろ?去年は確か…、鉢屋三郎だったな」
「まあな」
つまらなそうに溜息をつきながら、級友であり、今年で3年間同室の立花仙蔵が俺の目の前に腰を下ろした。
「いまさら騒ぐことじゃないだろう」
「だがな、気にならんか」
「…まあ、気にならんと言ったらウソだがな」
「だろうだろう」
話に乗った俺をみて、仙蔵は目をキラキラと輝かせて身を乗り出してきた。
「なんなんだ、お前は」
「賭けないかっ」
「……は?」
…仙蔵の本当の目的は、こちらだったらしい。得意げに、まるで俺が賛成することを前提に話す仙蔵。
「今度の1年生の噂の君は大変美しいらしいじゃないか。しかし、私ほどではあるまい?」
「自分で言うな、自分で。」
ふふん、と鼻で笑い、俺を一瞥する。
「事・実・だ。そこで、噂の君が私より美しかったら文次郎の勝ち。私の方が美しかったら私の勝ち、だ。」
「……何を賭けるんだよ」
いきなり本題に戻った仙蔵に少しギクリとしながらも、問う。
仙蔵はきれいな人差し指をするりと出して俺の目の前に立てる。
「食堂の手伝い免除」
「…ほう?」
「私が負ければお前の分も担当しよう。そのかわり、」
「俺が負ければお前の分、か」
「その通り」
にやりと笑う姿は捕食者のような目をしていた。が、3年もそんな目を常に見てきたら、何も感情は湧かない。
「…面白そうだろう?」
「まあな…」
「乗るか?」
「ううむ。…乗った」
…1年の入学式の準備はとうに終わった。つまらないと思っていたところだった。
読み返して3回目になる3年の「にんたまの友」をぱたりと閉じると、仙蔵と2人で窓際近くの文机によった。
「おっ、いたいたー」
「小平太」
「探した〜、なんでまだ教室にいるんだ?」
「ちょっとな」
確かに、みなはもう長屋に帰って自由時間を過ごしているか、上級生は実習や委員会の説明会準備に追われている。3年は自主練をしている者も少ないから、ほとんどが長屋に戻っている。
「なになに?」
「1年の姿を見ようと思ってな」
小平太は興味津津に俺達の近くに腰を下ろした。仙蔵が楽しそうな笑みを浮かべながら小平太の疑問に答えると、窓の外へちらりと視線を送った。
「あーなるほど。」
「小平太も気になるか?美しいらしいぞ」
小平太も賭けに混ぜるつもりなのか、と一瞬思ったが、ただ単に聞いただけらしい。
小平太はうーん、と唸り、余り冴えない顔で頬杖をついた。
「でもさ、仙ちゃんよりはきっと、ね」
「そうでもないさ。私ほどの人間はその辺にもいる」
(…さっきと言ってることが違う)
「えー、そうかなあ」
「…仙蔵はそうやっていつも謙虚にしていれば学園、いや世の中一だろうよ」
「どういう意味だ文次郎」
「そのままの意味だ」
仙蔵がき、と俺をにらむが、そんなことは慣れている。いまさらだ。
立花仙蔵という男は、自分が美しいと認識しているから質が悪い。実際美しいが、それを当たり前のように口にするのが美しくない。
「お、お前のライバルがいるぞ」
「ああ゛?」
仙蔵が愉快そうに笑いを含ませながら俺の肩をたたく。指の指す先には、は組の食満留三郎がいた。同じ組の善法寺伊作もいた。
(…ふん、猿が)
「あ、伊作」
「手伝っていると見えるな。あのお人よしめ」
「食満だけ委員会だもんなー」
「人が少ないからな」
「そういえば長次は?」
「長屋」
「ふん?」
「本読んでる」
小平太がふてくされたように同室の長次のことを口にするから、少し呆れた目で見てしまった。小平太と長次は、本当に1年の頃から仲がいい。
呆れた目を向けると、小平太は少し拗ねたように頬を膨らませたが、仙蔵のおもちゃになっていた。
2人のやりとりを横目に、窓の下を見下ろすと、3人の1年生が校舎に歩いて行くのが見えた。
「…あ、あいつじゃねえのか」
「へ!?」
「来たか」
俺の声に2人と一緒に窓により、下を見下ろす。
…そいつは、日本人にしては色素の薄い髪と瞳をしており、思わず絶句するほどきれいだった。繊細さのある、美しさだった。
「……かわいい」
「……、」
「まあ、大きくなれば美しくなるだろうな」
仙蔵が苦々しく呟いた。
しかし、仙蔵も窓の下から視線を外さない様子を見て、仙蔵はそいつを気に入ったらしかった。
それよりも小平太だ。一瞬たりともそいつから目を離さない。
(…こりゃ惚れたな)
「忍の色恋は禁止だぞ」
「一目惚れとはな」
「ち、違うっ」
仙蔵と左右からどん、とぶつかると、小平太は焦ったように言い返したが、顔が真っ赤になっていた。
俺は、2人に気付かれないようにもう1度窓の外を見下ろした。
…きれいだ。
「…きれいだ」
思わず口からこぼれ、仙蔵や小平太に聞こえやしなかったかと焦ったが、仙蔵は小平太をからかうのに夢中で、気付かれたそぶりはなかった。
ほっとしながら窓によりかかると、1年生のわーわーとした声が聞こえてきた。
(…ん?)
それに反応して下を見下ろすと、先ほどの1年生3人がこちらを見上げていた。
「…あ」
そいつと、目があった。
と、そいつは、ぱっ、と俺から目を離し、下を向いてしまった。
「ん?どうした文次郎」
「いや、1年生が…」
逃げ出した小平太を開放し、仙蔵も下を見た。
すると、3人のうち2人はいなくなっており、1人だけが見上げていた。
「ほう」
「…見てるな、ものすごく」
「なかなか可愛らしいな」
「まあ、…な」
(でも、あいつのほうが)
「…ふむ。私の負けだ。」
「あ?」
「賭けだよ」
「ああ…」
「その代わり、噂の君は我が委員会にもらうぞ」
「……はあっ!?」
仙蔵は些か機嫌よさそうに廊下へと歩き、ひらりと手を振って姿を消した。
「……あいつ、会計にはいらねえかな…」
…仙蔵の手にかかったら無理だろうか。
いやでも、と。
一抹の期待をぬぐい切れなかった。
(目が、あった)
それだけで高揚している自分は、忍失格だな、と溜息をついた。
END