one piece

□territory
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くしゃりとした感覚に、
頬が緩むのを隠せない。




「……何にやついてやがる」
「いやあ」




 大きな屋敷に、使用人は誰もいない。
そのために屋敷の中には静かでゆっくりとした時間が過ぎている。
ゆっくりしているのは今さっきの話で、
それまではそれはもう濃密な時間が流れていたワケだが。
 おれと濃密な時間を過ごしていた張本人は
今は不機嫌まっただ中で、だるそうに肢体を投げ打ってベッドに沈んでいる。


さっきまでとろけそうな顔でおれを見ていたというのに。


白い体と濡れ色の黒髪を持つこいつは、
七武海、サー・クロコダイル。


とろけそうな瞳は姿を潜め、今はいつも通りの
鋭い眼差しに戻っている。


それでもおれが自分の髪をいじるのを許しているのは、その名残か、面倒なだけか。

そのどちらでもないことを知ってしまったおれは、すこぶる機嫌がいい。




 それは些細なことだった。
いつものようにクロコダイルのところへ会いに行く途中。ふと風の聞こえでやつの名前を聞いた。
気になったおれは、話の聞こえるところまで近づき、様子を窺った。

聞こえてくる声は二つ。それはどちらも若い女の声で、この国の英雄様の噂をしているだけのようだった。


「ええ!それはやっちゃだめよ、ばかねえ」

腰まであるブロンドの髪をなでつけながら、
一人が言う。

「クロコダイル様の髪を触ろうとするなんて命知らずね」
「だって、とてもきれいだったから」

拗ねたような口調で話すもう一人は、栗色の髪をした女。

「それでもだめよ。この間、スージーが国から出て行ったのだってそれよ」
「え!」

(国から出て行った?それは違う。きっと殺られたんだろう)

「なぜかクロコダイル様は髪だけは絶対に誰にも触らせないのよ」
「そうなの…、なんでなのかしら」

「知らないわ。機嫌を損ねたら大変だから
あなたも覚えておきなさいな」
「そうね…、そうするわ」


 話を聞くに、お遊びで相手にする女のそれのようだった。
別におれに操だてしろと言った覚えもないし、
おれ達は言ったところで守れないのなんか知っているからわざわざ言ったこともない。

(それにしても)

女たちの会話は興味がある。
クロコダイルの髪。意識したことはないが、
確かにそうだっただろうか。

おれは疑問をもったまま、クロコダイルの直接確かめた方が早いだろうと思い、女たちに気取られないまま身を翻した。




いつものようにレインディナーズの裏口につくと、
タイミングを計ったかのように内側からドアが開いた。


「今日は少し遅かったのね、ミスター」
「よお」

ドアの向こうから現れたのは、黒髪をセミロングにカットした長身の美人秘書。
豊満な体を隠しもせずに、それでも清楚に笑むその姿は、どうにも社長に似通った節がある。

「サーがお待ちよ」

くすくすと笑う秘書は、体を引いておれを招き入れた。

「あいつがそんなこと言ってたのかあ?」
「いいえ?でもそわそわしてらしたから。そうかな、と思っただけよ」

聡明な彼女は、ちょっとしたことでもサーの変化に気づき、言われる前に行動する。
きっとドアのところで待っていたのも、秘書曰くそわそわしていたサーのためなのだろう。
コツコツと二人分の足音を響かせて、廊下を進んだ。

ふと思いつき、聡明な彼女に聞いてみることにした。

「なああんた。」
「なにかしら?」

「ワニ野郎の髪に触ったことは?」
「あら。そんな恐れ多いこと。」

「恐れ多いだあ?」
「ええ。貴方は特に意識したことはないでしょうけれど、サーはもともと人に自分を触らせる方ではないから」

まあ確かに、口には出せないようなところまで触っているおれには、特に意識することでもない。

ううん、と唸ると、秘書は少しきょとんとした後に、続けた。

「何をお聞きになりたいのかしら?」
「ワニ野郎って、絶対に髪を触らせねえのかなと思ってよ」

「貴方が触ったことのないのならそうだと思うわ」
「うん?」

「私の知る限り、サーが意味なく触れること許しているのは貴方だけだと思うけれど」
「……そうか?」

「ええ。試してみる?」


悪戯っ子のような笑みを浮かべた秘書は、一際大きな扉の前で立ち止まると、おれの返事を待たずに続けてノックをした。

「サー、お客様よ」
「そいつは客人じゃねえよ」

耳触りのいい低音が聞こえてくるが、その声の主は机上にある書物に目を落したままだ。

それを見た秘書は、ちょうどいいという表情を見せておれを見た。







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