忍たま
□唇と1人の忍
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僕は、彼の薄付きの唇がすきだ
そんなことは誰にも言わず、あの人の唇に手を伸ばす
唇と1人の忍
「伊作」
「ん?なんだい留さん」
「また、来てるのか」
「ああ。大丈夫、彼は敵じゃあないよ」
両手に抱えた包帯を持つ僕に、留三郎は気の浮かないような表情を見せた。それを見て、僕はにこりと笑った。
留三郎が気にしていることはそんなことじゃないと知っている。知っていて、それでも知らないふりをしているのだ。
彼の待つ医務室へと歩き始めると、瞬巡するかのような足音に、息づかい。それでも、留三郎は僕を引き留めたりはしない。
「お待たせしました、雑渡さん。さあ、始めましょうか」
「ああ、伊作くん。いつもいつもすまないね」
口布の下で、にこりと笑う彼の笑みは、割りと好きだ。
「いえいえ、いいんですよ」
カチャカチャと、用具を揃える僕の手を、彼の手が覆った。
「…どうされたんですか?」
「意地が悪いな、君は。」
「いけませんよ?まだ包帯をかえていませんから…」
「なに、巻き直した所で君が私の背を掻いたら、また巻き直さなきゃならん」
「ええ?僕が貴方の背を掻くくらい、夢中にさせてくださるんですか?」
「はは…君は本当に…うまい子だ」
雑渡さんの手が、僕の手を握りしめ、自身の方に引っ張った。
僕も抵抗せずに身をしなだれ、上目で彼を見る。
「…僕…、雑渡さんの特別になれていますか…?」
「どうしたの、急に」
多少ぱちくりと目をしばたかせ、僕を包む手に力を込めた。
「不安でしょうがないんです…。雑渡さんの周りには僕より魅力的な人がたくさんいる…その中で、雑渡さんが僕を1番だと思ってくださってるのか不安で……」
「余計な杞憂だね。言ったろう?私は君が1番だと」
「本当ですか?」
「本当だとも」
「うれしい」
きゅ、と雑渡さんの首に回していた腕に力を込めた。近付く彼の心臓に、鼓動を覚える。
(とく、とく、とく、…)
「ねえ、雑渡さん?」
「なんだい、伊作くん」
「僕を…夢中にさせてくださるんでしょう?」
「ああ、そうだね。…もう無駄話はやめよう」
僕は、固い床に横たえられても平気だ。
いつ誰が入ってくるか分からない医務室、なんてものじゃない。雑渡さんの部下の方が、しっかり見張っている。
「ふふふ」
「どうしたの、くすぐったい?」
「いえ…、部下の方に、声、聞かれてしまうな、と思って」
「あれ?伊作くんはそっちの方が盛り上がると思っていたけど」
「貴方も意地が悪いですねえ」
「おや、そんな私が好きなんだと思っていたよ」
雑渡さんが自分で口布に手をかけたのを見て、雑渡さんの首元に両手を回した。
僕は、この人の完成された体が好きだ。
首筋、肩甲骨、背。
大腿部、腹筋、胸筋、鎖骨。
指先で体をなぞると、しっとりと吸い付いてくる筋肉と固い骨。
鍛え上げられていると分かるそれに、うっとりと目を細めた。
「伊作くんは本当に体が好きだねえ」
「はい…?」
事後、肘をついて横たわる雑渡さんの腕をなぞっていた。すると、そう言われた。
「変ですか…?」
「いや。伊作くんらしいよ」
雑渡さんが、くすくす笑っていた。薄付きの唇が、形よく三日月になっているのを見て、そっと手を伸ばした。
「ん?」
「きれいな形ですね」
「ふふ、ありがとう」
「好きだなあ、その形」
唇をなぞると、少しかさついていた。それが、逆に男らしさを感じた。
「君は、嘘つきだねえ」
「なぜですか?」
ぴくり、と指先が反応してしまった。雑渡さんに手を捕まれた。
「…君は、私を好きじゃないでしょう」
「好きですよ?」
「それは人体として、だね」
「…それは…、」
「君は本当によくも悪くも保健委員だね」
雑渡さんが、掴んだ僕の手を自分から遠ざけて、そっと手を離した。
「伊作くんは、食満くんがすきなんだね」
「………」
「感じるよ。私は忍だからね」
「……ふふ」
にやにやと楽しそうに話す雑渡さんに、僕も笑みを浮かべて体を起こした。
「あれ?そんな僕がすきなんだと思ってましたよ」
「……まあ、間違いではないね」
「申し訳ない、なんて思ってませんよ」
「食満くんにかい?」
「はい。そして、貴方にも」
「……そうかい」
楽しそうに笑う雑渡さんをみて、やっぱり僕がきれいだと感じるのは、薄付きの唇だった。
「きれいな唇ですね」
嘘は、何ひとつ言っていない。そんな僕を、誰が責めるのでしょうか。僕は、忍だ。
END