Story

□新月
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苛つく。

少年は己の指爪に歯をたてた。
セントラルの街を見渡せる時計台の天辺。長い黒髪が夜風――と言って良い時間かというとそうでもないのだが――をうけてばらばらと乱れる。爪の削れた指を口元から離し、盛大な溜息と共に少年は崩れるように座り込んだ。グレーのコートがひらりと靡く。

この上なく身体が怠い。もともと十二分に怠かった所を、必要以上に歩き回ったせいだ。
よくもあれほど巡る気になったものだ。
他人事のように哀れむ。
そしてまた諸悪の根元に思い当たり、再び苛々と爪を噛んだ。
自分はかなり分かりやすい所にいたはずだ――、と少年は思い返した。


初め――深夜0時を回った頃か、その時はセントラル・ステーション正面口を見下ろせる、差し向かいのビルディングの屋上縁に腰かけていた。駅舎とロータリーの強い灯り、そして乗り降りの人の波で正面口は未だに――深夜と言うにはあまりに浅いほどににぎやかだった。少年は紫の視線を落として、ひたすらにその波を見つめた。暫くすると、構内アナウンスが漏れ聞こえ、上り最終列車の到着を知らせた。それからは、波は何度か満ち引きを繰り返し次第に穏やかになり静まった。そして、駅舎は何も降り注ぐものなく消灯と共に闇に埋もれた。
次――確か午前1時30分は回っていた――は、中央司令部を訪れた。深夜とは言え国軍の拠点、司令部は明るかった。いつも日向ぼっこをする猫の如く、兄弟達――自分も含むのだが――が堂々と居座っているその屋上に、無造作に座り込んだ。分かりやすいったらない、気づかないわけはない。疑心暗鬼の生じた情けなさを踏みつぶすように、そう高を括った。そして、ただひたすらに座り込んでいた。どの位経っただろう、ふと空を見上げると、今いる場所の明るさだとかそういった理由ではなく、網膜に映った高い空は明らかに真っ暗だった。どうも落ち着かなかった。
その次――最早時間も分からない深夜――、疑心は確信へと変わりつつあり、女々しくもそれを認められずに歩き出す。一所に留まること叶わず鬱々と夜の街を徘徊した末に、ネオンの照る歓楽街に至った。淫らななりの――という少年もコートの下は相当に露わな衣服だが――女、男、見境いなく寄ってくる。全てを無視して進み、目の前には一月前に訪れた淫猥なモテルが現れた。その前に立ち続けた。
ぼんやりと頭上に目を向けているうちに、――ちかちかするネオンと対照的な暗い空とに乱されてか、要りもしない回想が起こった。一月前の――だ。気分が悪くなり、そこを離れた。
時計台に向かった。時計の針が4時55分を指している。疑心はすでに確信だ。
そこからはもう、カウントダウンの始まりだった


まもなく日の入りのだ。あれほどに暗かった空が、白み始める。
間違いない、空はあんなに暗かった。
何度も空を見上げた。酷い怠さに苛まれながら、そこここに移動を繰り返し、その先々で空を見た。
そんなわけはないと知っていながら、本当にこの日だろうか。確認しようと何度も。間違ってなどいない。
少年は、力一杯眉間に皺を寄せた。
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