小話

□FE3
1ページ/1ページ


※4部序章直前のスクリミルとミカヤの話。
*****

石化された仲間たちを解放する。その目的のために敵と味方、ベオクとラグズの垣根なく手を取り合うことになったのが半刻ほど前。女神アスタルテの座すベグニオンの導きの塔へ向かう部隊は、敵の撹乱もかねて三つに分けられることになった。最短距離を進むデインの巫女ミカヤの部隊、その東を行く鷹王の部隊と、西回りのアイク部隊である。

デインの巫女よ、と呼びかけるスクリミルの声を耳にして、アイクは荷造りの手は止めずにちらりとそちらを見やった。続いた言葉が、彼にとっても疑問であったことだったので。

「なぜ、ライは鷹王たちの隊なのだ?女神ユンヌはなぜ俺でもアイクでもなく、鷹王にあいつをつけたのだ?」

燃えるような赤い髪の次期獅子王が、小柄な娘に問いかけている。その様子が不満をぶつけているのでも言い掛かりをつけているのでもなく、純粋に疑問を口にしているだけなのを確認して、アイクは微かに頬を緩めた。
出会った初めは人の話にろくに耳を貸さないわベオク蔑視を隠そうともしないわ、とにかく自己中心的な扱いにくい人物だと思ったものである。それがこの短期間に随分丸くなった、というか謙虚さが随分身についていた。素地が素直なのだろう、敗北を経験して傲慢と慢心がなりを潜めた彼は、今回の戦争で周囲から色々なものを恐ろしい勢いで吸収し成長している。先だってまで敵対していたはずの相手に蟠りなく口をきけるのもその一例で、この調子ならいずれ大した王になるかもしれないなと、知らず口元が綻んだ。何しろアイクの親友は、その補佐に並々ならぬ苦労をしていたのだから。
その親友―ライは確かに今回の部隊分けで、鷹王率いる東回りの部隊につくようにと女神から指示があったのだった。彼の上官たるスクリミルが入る中央突破の部隊でも、特に親しい友であるアイクの部隊でもなくである。
ライ自身は王族でも軍を率いる立場でもない。今回の戦において獣牙の民を率いるスクリミルの補佐を務めてはいるが、言ってしまえば一介の士官である。わざわざ指定されるとは思っていなかったのだろう、ライもさすがに一瞬驚いた顔をした。そんな表情はすぐに引っ込めて、いつもの物分かりのいい様子でわかりましたと答えていたけれども。

さてほんの先刻まで殺しあっていたラグズの巨漢に突然声をかけられて、娘は少し戸惑ったようだったが、星の光を集めたような銀の髪をさらりと揺らし、少し考えるような仕草をした。

「詳しい理由までは、私にも…。ですが、ユンヌは彼にはその権利がある、と」

「権利?何のだ」

「分かりません。ただ、彼には…彼だけではなく鷹王さまにもですが…何かとても辛い、思いがあります。彼らが行く道は、それを清算できるのかもしれない。そしてその道は、きっとエリンシア女王にも大事な道」

何かがあるような口ぶりで、しかし具体的なことは何も言わない娘の言葉は煙に巻くような漠然としたものだ。そういう持って回った言い回しはアイクは苦手なのだが、そのあたりはスクリミルも同じらしく、難しい顔をしてばりばりと頭を掻いていた。

「さっぱり分からん。つまり東回りのあのルートは、あの連中でなくてはいかんということか?」

大変おおざっぱにそうまとめた彼に、デインの巫女は目を伏せて、硬い笑みを小さく浮かべた。

「そう思っていただいて構わないと思います。もちろん他のルートだって、それぞれの隊の方でなくてはいけないのでしょう」

「ふん」

娘の言葉に納得したのかどうなのか、スクリミルはひとつ鼻を鳴らすと、娘を見下ろしていた顔を上げ、ぐっと胸を張った。

「どの道進めばわかることだ。その途中に何があろうと、我らがひるむことは決してない」
そう獣牙の誇りを語った彼は、ふと思い出したように巫女に視線を戻した。

「おお、そうだ。巫女よ、戦いになれば、おまえは後ろに下がっているがいい。この俺が敵をことごとく蹴散らしてやろう」

「え、」

娘はぱっと顔を上げた。戸惑ってぱちぱちと瞳を瞬かせる様子は、デインの大将、巫女などという立場らしくもなく、ただの少女にしかみえない。

「あ、…でも、私は」

「俺だってデインに対して思うところがないわけではない。だが今は、おまえがいなければ女神の声は聞けん。石になった同胞たちを救うには、おまえがどうしても必要だ。それに力無き者を守り道を拓くのは、力ある者の当然の役目だ。気にするな」

言いたいだけ言って、スクリミルは用事は済んだとばかりに同胞たちの元へ戻っていく。ぽかんと見送る娘の元に、どこへ行っていたものか彼女の守護者が駆けてきた。何か言われたのかと慌てて心配する彼を、何でもないわと娘が宥める。過保護にありたい少年と、それを窘めながらも満更でもないらしい娘の姿を微笑ましく思っていると、今度は自分に声を掛けてくる者がいた。

「アイク」

「レテか。何だ」

「支度はもう済んだのか?」

振り返ると、黄色い尻尾をゆらりと揺らして、ガリアの女戦士が立っていた。いつもと変わりない姿だが、これで彼女自身の支度は終わっているのだろう。腰に下げた小さな荷袋の中にはいくらかの薬と携帯食、あとは戦いに使うのではない小刀。環境への順応性が高く体そのものも頑健、食料も水も素晴らしい嗅覚と勘で殆ど現地調達できる獣牙の民の旅支度は、色々物入りなベオクと比べて概して身軽だ。

「あと少しだ、いつも待たせるな。他の連中ももう少しかかると思うぞ」

そうかと頷く彼女に何か用事かと尋ねると、私個人の用事じゃないがと前置いて口を開いた。

「ライがおまえに話があるらしい。手が空いたら会ってやってくれ」

先ほど人の話で聞いたばかりの人物に呼ばれることの偶然を、少しばかり面白く思う。今の二人の話をしてやったら彼も面白がってくれるだろうか。わかったと頷いて、荷造りの作業に意識を戻した。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ