一
□けものみち
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「まったく、カンベエ様ときたら」
もっさりと絡まった主の髪を一房ばかり手に取って、シチロージは嘆息した。
緩く波打つ濃い色の髪は、大戦の頃から殆ど結われることもなく、背に流されたままだった。彼と初めて知り合った頃はもっと短かったはずなのだが、いつの間にやら長くなり、終いには一種カンベエのトレードマークのようなものにもなっていたのである。そのくせ本人は面倒がって手をかけるような真似は殆どせず、彼の傍に仕えるようになってからその髪の手入れをするのはシチロージの仕事になり、自分でするのが面倒なら切ればいいのに、いっその事丸刈りにでもしてしまえ、と心中愚痴を零していたのも一度や二度のことではない。
長く櫛を入れていなかったとみえて、縺れが思った以上に酷い。うっかり梳けば櫛の歯が折れそうだ。