□かたみわけ
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 人は死に際、この世の形見に近しい者のもちものを持って逝くことがあるのだという。

(そう言っていたのは誰だったか)

 熱で朦朧とする頭でぼんやり考える。確か自分より五つ六つ年上の部下、この三つ髷が鳥の冠羽のようだと笑ってよく引っ張っていた、その男が言っていたのだったか。
 幼い頃、大層可愛がってもらったという祖父が亡くなったとき、大事にしていた筆が折れたのだという。母親にそれを言うと、祖父が彼の身代わりに持って逝ったのだということだった。紅顔可憐な孫と別れて一人で逝くのは寂しかったんだろうと、隊随一の強面だった彼は豪快に笑っていた。
 思い出して少し笑う。喉が乾いていて掠れた吐息しか出ない。

(ならばあの方は、あの方も私を惜しんでくださったか)

 視界が熱のせいではなく、じわりと滲んだ涙で歪む。喉はからからに干上がっているのにこちらは水が余っているのかと可笑しくなった。

(左手だけで足りたのですか。あの花だけで、十分なのですか)

 脳裏に浮かんだ後ろ姿に問い掛ける。望まれるなら、この身の全て差し出す覚悟だった。差し出したつもりだった。地獄の底まで供をすると誓ったのは冗談ではなかった。だというのに持っていかれたのは左腕だけ、揃いで入れた六花だけだ。
 これはひょっとすると、あの方なりの優しさか。そういえばあの方が時折見せる優しさは、人の思うそれとは食い違っていることが多かった。あまりにらしすぎて涙が零れる。

(あなたを忘れて生きてゆけと、そういうことですか。だったらそれは)

 酷く残酷な優しさだ。一生を預けたのだ、今自分に残っているのは中身は虚のいれものだけだ。戦う相手も侍う主も何も持たぬ、時代にすら置いていかれた惨めないきものでしかないというのに。

(それでも生きよと言うのだろう)

 たとえどんな状況でも、生き残ることを考えよと教えてくれた人だった。最期の望みもそれならば、叶えてやるしかないのだろう。結局自分はどこまでも、彼の望むままにしか動かないのだから。

 連れていかれた左腕が妬ましい。せめてあの世ではあの方の慰めになれと、それだけ願った。


 

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