□きくこころ
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 身を寄せたときに鼻孔をくすぐったのは華のような甘やかな香りで、それは馴染んだ彼の体臭とはまた別の、酷く穏やかな、けれどどこか神経を逆撫でするものだった。
 問い質すように見詰めると不思議そうにひとつ瞬く。しかし羽織にちらと視線を落とすとすぐに気付いたらしい。こちらが全てを言わぬうちに察してくれる、この聡さは昔と変らぬと、少しばかり嬉しくなった。ここまで通じるようになるのに時間はかかったが。

香を薫き染めておりますので。

 袖口をついと摘んでおどけてみせる。彼がこれまで居たところを思えば納得のいく答だった。色街のただ中、幇間として過ごしていたと聞く。空に居た頃、特に大戦末期ともなればそれどころではなかったが、元々は洒落者の彼である。このような真似も進んで始めたものだろう。それとも身を寄せていた店の女将の仕業だろうか。
 戦とは無縁の儚い香だ。
 そう思うと、胸の奥でちりりと何かが焼けたようだった。苛立ちのような、哀しみのような。判然としないその感情は兎に角彼を求めさせる。

 
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