ささげ物

□陽だまりの中で
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 自然の神秘というものは不意に現れる訳で、この場合も例外ではない。

 偶然見つけた場所で遭遇した光景に、スピンは一瞬で心を奪われた。

 そこがスピンのお気に入りの場所になるのに、大した時間はかからなかった。


陽だまりの中で


 暖かい風がオレンジ色の髪をくすぐり、スピンは空を見上げた。

 力強く堂々と天を目指して生える木々の隙間から、わたあめを連想させる白い雲がふわふわと浮いているのが見える。

 スピンは今日もお気に入りの場所でのんびりとしていた。

 最初の頃は一人で訪れて自由な時間を過ごしていたが、近頃はストロンと一緒に、何も考えずにぼんやりと空を眺めることが多い。

 壮大な自然の中に一人きりでいると、ちっぽけな自分は得体の知れないモノに飲み込まれてしまいそうで、何だか不安になるからだ。

 一人より二人、三人より四人の方が楽しいし、心強いに決まっている。

 ドロッチェやドクのことも、そのうちここに招待しようと思っていた。

 スピンは可愛らしい欠伸を漏らすと、視界一面に広がる、真っ青で柔らかい草の上に寝転んだ。

「平和ねぇ」

 ストロンもスピンの隣に仰向けに寝転ぶと、腕を枕にして両目を閉じた。

「そうだな…」

 今度は二人同時に大きなあくびを漏らすと、暫くして、葉が擦れあう音に二つの静かな寝息が混じった。


 中天に輝いていた太陽が斜めに傾き、肌寒さを感じ始めた頃、スピンたちが通ったところに三つの影が現れた。

 そのうちの一つ――犬のようでそうでないものが、地面に鼻を近付け、ひくひくと動かす。

 顔を上げて、後ろで見守っている二つの人影――ドロッチェとドクを振り返ると、ノイズが掛かった声でわん、と嬉しそうに鳴いた。

「こっちの方じゃな?」

 少々弾んだ声でドクが問いかけると、犬は先程と違う調子でわお、と答え、てくてくと歩き出す。

 二人は顔を見合わせると、犬が導くままに歩き出した。

 段々と市街地から外れ、およそ道とは思えない所を進み、開けた場所でやっと立ち止まった時、ドロッチェは目の前に現れた自然美に息を呑んだ。

 そよ風に揺られる新緑の木々たちは静かに侵入者について囁きあい、その上では葉を飛び移る光の妖精たちが無邪気に踊っているように見える。

 目を閉じれば、鳥と木のおしゃべりが聞こえそうだ。

 ドロッチェは二、三回あえぐように呼吸した後、ようやく言葉を発した。

「凄い、という言葉しか思いつかないな」

「そうじゃな。市街地の外にこんな場所があるとは思いもしなかったのう」

 ドクは感慨深げに辺りをぐるりと見渡した。

 陽だまりになっている草むらにスピンとストロンを見つけ、ひょいと眉を上げると、ドロッチェも彼らに気付いた。

 スピンとストロンは、それぞれ思い思いの格好で横になり、まるで夢の中でも眠っているのではないかと思わせるほど気持ちよさそうに眠っていた。

 ドクは満足げに頷くと、行儀良く座って尻尾を振っている犬の頭を、皺だらけの手でわしゃわしゃとなでた。

「試作品にしては上々じゃの。ご苦労さん」

 最後に軽く二回叩くと、微かな電子音の後、今まで周りの景色を写すだけだった犬の瞳に、いたずらっ子のような光が宿る。

 犬は体の感覚を確かめるようにその場でぐるりと回ると、ドロッチェの隣に座った。

 ドロッチェはスピンとストロンの傍にごろんと横になると、深呼吸をして、草花の香りを肺いっぱいに吸い込んだ。

 青々と茂った葉の間から優しく零れる木漏れ日。

 太陽の光に程良く温められた草のじゅうたんは、干したての布団のようにふかふかで暖かく、頬をくすぐる風も爽やか。

 これは、スピンやストロンのように眠ってしまっても、不思議ではない。

 ドロッチェはうとうとと目を閉じ始めた。

「二人に用があるんじゃなかったのかい?」

 ドクが苦笑して聞くと、ドロッチェはうっすらと片目だけ開けた。

「あんなに幸せそうな顔をされると、起こすのが忍びなくてな。急ぎではないから大丈夫だ」

 眠いからなのか、いつもの隙のない顔ではなく、こちらまでまどろみに引き込まれてしまいそうなゆったりとした声で答える。

 それより、とドロッチェは草むらの開いているスペースを視線で示した。

「ドクも横にならないか? 意外と気持ちが良いぞ」

「いやあ、ワシは――うおっ!?」

 突然の衝撃に、ドクは踏ん張れずに吹っ飛ばされる。

 ばふっと草むらに仰向けに落ちると、恨めしそうに自身のお腹の辺りを睨んだ。

 そこには、迷惑そうにしているドクにお構いなしにのしかかり、尻尾をぶんぶんと振っている犬。

 その光景に、ドロッチェはスピンとストロンを起こさないように押し殺した声で笑った。

「どうだ? 機械に埋もれて寝るより楽だろう?」

「そりゃあ、そうじゃが…」

 確かに、勢い良く飛ばされたのにもかかわらず、落下の衝撃は少なかった。

 寧ろ頭突きをされたお腹の方が痛い。

 さすが石頭、いや、鉄頭の犬だ。

「スピンの性格が元じゃから、元気が良すぎるわい…」

 ドクは、今度はストロンの性格を元にするかのう、とぶつぶつ呟くと、お腹に乗ったまま寝ようとしている犬を下ろした。

 息苦しさから開放されると、既に両目を閉じて夢の世界に旅立ったドロッチェを暫く眺め、ドクも目を瞑った。

 木々のざわめきや、鳥の歌声が、段々遠ざかっていく。

 こんなのも、たまには良いかもしれない。

 そう思ったのを最後に、ドクの意識はすとんと夢の中へ落ちた。


[あとがき]
いやぁ、本当に遅くなってしまってすみません(土下座)
ドロッチェ団の日常でゴザイマス。
勝手に設定をお借りして申し訳ない;;
お詫びに犬型探査ロボット「ついーびくん」をセットでお贈りいたします(マテ)
こんなもので良かったら、るるるさんのみお持ち帰りください!

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