西ブロック

summer valentine
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初夏。

暑い日差しがジリジリと照りつける。
日焼け止めを塗っていても意味がないんじゃないかと思うほど、日差しが強い。

そんな中、ぼくは一人で図書館へと向かう。



ぼくは本が好きだ。とくに悲劇のお話、例えば「ハムレット」とか「マクベス」とか。
暇さえあればいつだって図書館に行った。冷房だってきいているし、二階にはたいてい人がいない。

図書館の二階は、長机と椅子が並べられており、勿論読書や講義なんかにも使われている。勉強している学生を見かけることも少なからずある。ぼくもまぁ学生なんだけれど。

一階から何冊か本をとり、二階へと向かう。一階にも読書スペースはあるが、ぼくは独りが好きなので基本、利用しない。

外から見ると、明かりは消えているので誰もいないのだろう。

扉を開ける。


―風?

窓が開いているのだろうか。
これは―
いつもと違う、もっと心地よい風。


ふと、一つの影が目に止まった。窓際の席で、(寝ているのかな?)隣ではカーテンがはためいている。
制服、よく見ると、ぼくが着ているのと同じものだった。


「うわ…っ…」
強い風が吹いた。と、同時にその人は目を覚ます。
ゆっくりと体を起こし、ぼくと目が合った。

艶やかな黒の短髪、絹のように白い肌、そして―濃灰色の瞳。
ぼくは思わず息をするのも忘れて、目を奪われた。


「…その制服、あんた西高?おれと一緒だね」
「えっあ、あっ、うん」
いきなり話しかけられてテンパってしまった。

「君は、何て言うか、その…目を惹きつけるね。思わず見とれちゃった。」
軽く笑う。

あれ…?
同じ学校だったら気付くハズなのに…


目を惹きつける、というので、ぼくの脳裏にある人物が浮かんだ。


イヴ――演劇部の花形で、容姿は勿論だが、彼女の声は澄んでいてとても美しい。
まるで、そう、さっき吹いた心地よい風のような―


「きみは…まるであのイヴみたいだ」
「だって、あれはおれだから(微笑)」
「…えっ!?イヴって女の人じゃあ…」
「演劇だから、女役だってやるさ」
「かみ…だって長かったよ…?」
「ウィッグだよ」


突然聞かされた事実に、ぼくの頭は混乱する。

確かに、よく見ると、イヴと似ているかもしれない…でも、
「じゃあ、声は?」
「声?」
「あの澄んでいて綺麗な、女の人の声…」

ぼくがそういうと、彼はぼくの手をとって言った。

「私の声がどうかしましたか、陛下?」
あの声だった。


「凄いや!きみは本当にイヴなんだね!」
「ネズミ」
「?ネズミがどうかした?」
「おれの名前、イヴは演劇用」
「ネズミ………か。よろしくね、ネズミ!」

ぼくが笑顔で手を差し出すと、彼は渋々握手をしてくれた。




「で?あんたはいつもここにきてるの?」
「うん、独りが好きなんだ…」
伏せ目がちにぼくは言った。

「そうか…。なぁ、あんた名前は?」
「しおん、花の名前と同じ…」
「紫苑、か。あれ?紫苑ってったら同じクラスだろ?」
「えっと…あっ!」

そういえばネズミってぼくのクラスで聞いたことあるかも…

「全然気付かなかった…!ぼくは大抵図書室にこもってるから…」

話が合う人がいないのだ。みんなぼくの容姿をバカにして、笑って、仲間外れにして…
僕だって好きでこんな容姿になった訳じゃない。だからと言って母さんを責めるつもりは毛頭ない。だってこれは生まれつきではないのだから。


するり、ネズミの綺麗な白い指が、ぼくの頭に伸びてくる。
「変わった髪だな」
…君も、ぼくを…

つつ、一筋の汗が首をつたう。暑さのせいではない。
ごくり、と喉を鳴らす。



「綺麗だな」
「…え?」
「あんたの髪、これ地毛だろ?すげぇな」

くるくると指でぼくの髪の毛を弄りながらネズミか笑う。


ぼくは…


「っわあ!」
ネズミの手がぼくの頭をもじゃくる。

「湿気た面してんなよ。せっかく人が褒めてやってるのに」


「君は…君も…」
バカにするんだろう…?

「大丈夫、バカになんかしないさ」


ぽんぽんと頭を撫でられる。優しくて、あったかくて…



あれ…?
瞼が弛み、手に水滴が落ちる。

泣いてる?


慌てて手で拭うも、次々と溢れおちて袖を濡らす。

「あれ?何で、止まんない…」
「そんなに辛かったのか?」
「う…んっ」
「そうか」

ネズミはそういうと、立ち上がって僕を包み込んだ。

「頑張ったな」
耳元で囁かれる低く甘い声。


泣かないって決めたのに…

「ぼく、あの……嬉しくて…。っそれで……」
「ああ」
「こんな風、に…聞いてくれたの…は、はじ…めて…で…」


……初めて?


ちがう、ちがう気がする…



「...ネズミ...」
反芻するように呟いてみる。

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