水素ガール

□バラは枯れない
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「だからもう会わないって言ったじゃん」

困り顔でナマエが掛け布団を深々と被ったので、ヒソカは「まあまあそんなこと言わずに♥︎」とニヤニヤしながらそれを無理矢理引き剥がした。
(なんでこうもフェイタンのいない時に...)
腕に真っ赤なバラの花束を抱えるヒソカは、来る場所を間違っているとしか言いようがない。ピエロみたいなメイクに格好をしてそれだけで目立つのに、バラの花束なんて......。おそらく見舞いなのだろう。ナマエとしては入院するのは初めてのことで、どんなものが見舞いの品になるかはわからない。しかし、真紅のバラが病院には異質だということには疑いない。その証拠に他の患者のベッドサイドにはもっと慎ましい花が咲いている。

「このバラ、キミにとっても似合ってるでしょ?」
「バラかよ、って思ったけど」
「おや、照れてるのかい?」
「照れるかっ!てか、帰ってよ!」
「キミは一方的にボクに会わないって言ったけど、ボクは何も言ってないよ♦︎」
「嫌だよ、って、いらないってば」

バラを押し付けられナマエはたじろぐ。フェイタンがここには頻繁に来るのに、こんなものをもらってベッドサイドにおいて置けるはずがない。この前はシャルナークに助けられたが、いつだって救いがあるとは限らないのだ。自分の団長であるクロロであれだけ敵意を見せるのだし、嫌いらしいヒソカでは何をされるかわからない。
困ったなあと眉を寄せるとバラ特有の香りがナマエの花をついた。それがナマエの決意を揺らがせる。会わない会わないって結局二回も会ってるじゃんか。やはりヒソカとは切っても切れない縁でもあるのだろうか、と。

「もう......次は会わないからね」

今回だけだ。フェイタンが来る前に帰ってもらえばそれでいいか。
背の高いヒソカを上目遣いで見ると、ヒソカの鼻息が荒くなる。ハァハァという息遣いも聴こえた。

「あぁ...キミと今すぐヤりたい♥︎」
「!」
「どうだい?病院でボクとヤるのは?そうゆうプレイも悪く「死ね。ヒソカ死ね」............♦︎」

今回だけいいかなんて甘いことを考えた自分も死ねばいいと思うナマエ。

「ククク......冗談だよ♣︎」
「言っておくけど、私はもうヒソカとはシないし、仕事も受けないからね」
「ふうん?その様子だと、キミの恋は実ったのかな?」
「......」
「図星♠︎」

答えられない理由も特にはないのだけど、つい言葉が出ずにいたのをヒソカはイエスと捉えた。

「まあ...」

とりあえず出たのはそれだけ。それを聞いたヒソカは眉尻をほんの少し下げて、ベッドの淵に腰掛ける。

「でも、なんだかナマエを盗られた気分だね...♦︎」
「はあ?どうして?私、もとからヒソカの所有物ではないんだけど」
「だってボクはキミのこと随分前から知ってるだけに、感慨深いなあと思って♠︎」
「......」
「どうかしたかい?」

ナマエはヒソカに出会った頃を思い出した。それはおそらく三年程前、まだ今の仕事をする以前のこと。

「そんなこと言われたら何も言い返せないよ」

ヒソカはたまに怖いし変態だけど、今の自分がいるのはヒソカが密に関係している。
少し寂しげなヒソカを見るのは初めてのことだった。

「ヒソカ」
「?」
「ありがとう」
「......」

バラを抱きしめてナマエは言った。花束のお礼と、親のいない貧しい自分を見つけてここまで導いてくれたお礼だ。
「どういたしまして」ヒソカは今までに見たこともないくらいの穏やかな微笑みを浮かべた。








「ぬぅあー!どうしようー!」

バラの花束を抱えながらナマエは眉を顰めた。
こんなバラを持っていようものなら次にフェイタンは何をするか知れない。自分が腕を折られるならまだしも、周りに迷惑がかかることは避けたい。既にフェイタンは病室のドアを破壊済みだ。百歩譲って物が破壊されるのはいいとして、もしも怒りのあまりに赤の他人に何か仕掛けたら?考えるとゾッとするのだが、せっかくの貰い物を捨てる訳にもいかない。
やはりヒソカには最後までいいようにされたなあ、と項垂れた。さっき帰って行ったあの男。あんなしんみりさせるような発言をしていたがもしかしてこれが目的だったのかも。捨てられない気持ちとフェイタンに板挟みにされるのが。

「あのー」

いろいろ悩んでナマエが向かった先はナースステーションだった。適当に人を呼んでバラを渡そう。

「はい?...ああ、ナマエさんどうしました?」

若い男の看護師がナマエに気づいて寄って来た。病室のドアを破壊したり窓を割って外へ飛び降りたりとで、ここ二日で既に問題のある患者として病院側に捉えられている。よって向こうは笑顔であるがどこか引きつっている。

「バラ」
「...?」
「これあげます。ナースステーションにでも飾ってください」
「え、と...いきなりどうしました?」
「理由は聞かないでください!」
「えっ.........えー...!」

ナマエは男の胸に真紅のバラを押し付けた。男は戸惑ったようにしてバラとナマエを交互に見ていたが、突然ナマエの背後に視線を向けて固まってしまった。さっきよりも顔が引きつって、むしろもう笑顔ではない。明らかな恐怖がそれには感じられる。
(こ、このオーラ......)
ナマエは振り返って確認せずとも後ろに何がいるのかがわかる。

「もう新しい男か」
「......」

声を聞いてナマエの考えは確信へと変わる。慌てて振り返ると、やはりそこに立っていたのはフェイタンだった。フェイタンから溢れる殺気は強い。

「フェイタン......だ」
「お前が男をつくるのは止めないね。でも、その男がどうなるかはワタシ保証できないよ。だてお前はワタシの女言たから、他の男が所有してるのは虫唾が「フェイタン!違う!これはヒソカに!」......ハ?」
「、あ」

言ってからしまったと感じても後の祭り。フェイタンの殺気がさらに膨れ上がる。眉間のシワの入りようと言ったらとんでもない。
「しししし、失礼しまっす!」流石に一般人にはその殺気に耐えられないらしく、男の看護師は足をもたつかせながら仲間達のもとへ戻って行った。

「ヒソカが...どうしたて?」
「えっ......そんなこと、言ったっけ.........はい、言いました」

鋭い視線に当てられたらとぼけるのは無理らしい。もとからフェイタンにとぼけたりなんかは利かないが。少し考えてここは嘘はつかない方がいいと判断し、ナマエは正直に話そうと口を開く。

「ヒソカがお見舞いに来て......くれた」
「何故ヒソカが、お前がここで入院してること知てるか」
「それはこっちが聞きたいよ!!」
「だいたいお前もうあいつには会わない言たね」
「......あ、うんそうだけど」

フェイタンに会わないと言った時にはまだヒソカの名前は出していなかったので、一瞬、フェイタンに言ったか?と考えてしまった。

「ごめんねフェイタン!でもあの人全く掴めないから!本当よくわかんないの!勝手に来るんだ!私は嫌なんだけどー......」
「......」
「ね、信じて!私はフェイタンラブだよ!」
「キモい」
「......」

言葉を誤って病院内で大殺戮があっては困る。言葉を選びつつ媚びるように「ラブ」という言葉を使ってみたが、「キモい」というたった三文字に敢えなく撃沈されてしまった。
少しの間むすっと黙っていたフェイタンだが、ナマエの顔を見て何かを思いついたらしく眉間からシワがとれる。そしてまだ痛む腕をとった。

「?」
「わかた。信じるよ」
「あ......そっか、それはそれは良かった」
「とりあえずそのバラは処分ね」

「処分はワタシがやるよ」と付け足しながらナマエを引っ張って行く。

「どこ行くの?」
「ナマエはちゃんとワタシが好きになた女で、その辺で捕まえたのとは違うから一応選ぶ権利はくれてやてもいいね」
「はあ?」
「トイレと病室、どちがいいか?」
「どっちがって......何が?」
「...察しの悪い頭ね。だから、今からワタシ、お前犯す言いたいよ。だからトイレと病室、どちがいいか?」
「......いやいやいや.........無理無理無理、そんなんで察しはつかないね」
「黙れ」
「てゆうか、私怪我人だからね!」

この服の下はまだまだ殴ったり蹴ったりされて変色したままだし、そこを押されたり掴まれたりするのは痛いのだ。折れてはいないが、無理できる身体ではない。それがナマエの見解。しかし、フェイタンはそんなナマエを鼻で笑った。

「窓割て飛び降りたり奴が言う台詞じゃないね」
「......」

そう言われては返せない。

「フェ、フェイタン」
「何ね」
「そうゆうことは私が退院したらにしようよ!ちゃんとベッドで!」
「ベドか?わかたよ。お前は病室でシたいのか」
「......」

「フェイタンのアホー!!」と怒鳴り声が響いたのはものの数秒後。流石に頭にきてナマエはキーキー騒いだ。特に表情も変えずに耳を塞いで黙るのを待つフェイタン。ナマエが黙るとやっと手を耳から離しフンと鼻を鳴らした。

「煩い。あとお前はちゃんと人語を話すべきよ」


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