水素ガール

□胃袋ゲッター
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「よお、ナマエ」
「こんばんは、おじさん」

ナマエは仕事場である、旅団と初めてのコンタクトをとったあの食堂にやって来た。店主はやけに機嫌がいいようで、肌も心なしかツヤツヤして見える。

「猫、帰って来たぜ!」

店主は賑わう店内の雑多に負けないように声を張り上げた。ナマエは猫と聞いてピクンとなる。クロロが言っていた通り、猫って気まぐれなんだなー、ぼんやりと思う。

「そっか、猫って本当に気まぐれな生き物だね」
「?何言ってんだ、あの人達が連れて来てくれたんだよ」
「え?」

店主が混雑する店の奥を指差すと、この前座った席に妙な四人の男達が座って食事をしていた。
ええっと、フェイタン!それから、フィンクスにシャルナークとウボォーギンだ。
ナマエはすでに三日、今日で四日連続となるフェイタンの名前が最初に頭に浮かんだ。

「ナマエ!」
「シャルさん」

ナマエに気づいたシャルナークが手をあげる。随分と陽気だ。顔が赤いのはかなり飲んでいるからなのだろう。
とりあえずナマエはシャルナークの隣に腰を下ろす。テーブルにはすでに空になった皿も積まれている。

「猫、探してたの知ってたんだ」
「うん、フェイが猫探そうって言うからね」

シャルナークが言うとトスッと音がしてシャルナークの手元付近にフォークが刺さる。犯人は言わずもがなフェイタンである。脅しで刺さるか刺さらないかの位置に投げたのではなく、刺すつもりで投げたのを避けられたと言うのが正しい。シャルナークは涼しい顔をしている。
ナマエはもちろんフェイタンが率先してそんなことするはずもないのはわかっている。きっとフェイタンは、ナマエが猫を探していたとか言ったくらいで、言い出しっぺはおそらくシャルナークあたりか。

「へぇ、この人がそんなことを?」
「でも捕まえたのはオレだ!」

眉なしことフィンクスは腕まくりをして自分が猫を捕まえたのだとアピールする。こっちもやや酔っている様子。

「ふーん......そっか、」

ナマエは何処と無く浮かない顔だ。浮かないと言うよりか、ぐったり疲れているというのが正しい。それを不思議に感じたシャルナークは隣にいるナマエを見た。すると、いつも羽織っているパーカーの下には黒いワンピースを着て靴はヒールだ。思わず「あれっ」と声をあげてしまう。パーカーの存在が大きすぎて気づかなかった。

「どうしたの、そんな格好して」

いち早く気づいたシャルナークが聞くと、他の面々も確認しようと身を乗り出したり覗き込んだりしている。フェイタンは顔にはあまり表れないがギョッとする。三日連続でナマエに会うことで、こうゆう女性らしい格好を一度も見ていないからだ。たかが三日でも、この中では一番ナマエがガキであることを知っている。
ナマエはよくぞ聞いてくれましたとばかりに目を爛々と輝かせた。

「なんか、私にご馳走したいって言う人が......あああっ!!!」
「...うるさい奴ね」

途中まで話出してこの前、フェイタンとフィンクスに逃げられたことを思い出す。食事をしたのがこの前、二人に見せようと連れて来た男だったから、思い出すのは必然的なこと。

「あのさ、この前逃げたでしょ」
「あ?」

ナマエは怒った顔をしてフィンクスとフェイタンを交互に睨む。

「この前、私が男捕まえてくるから待っててって言ったのに、二人ともいないんだもん」
「あー...あれはフェイタンがよー」
「っせー、言い訳禁止」

フィンクスはまるで笑いを堪えるように言い訳しようとする。しかし、何故だか笑っているのはフィンクスだけではない。知らないはずのシャルナークとウボォーギンまでもがおかしそうに顔を歪めているのだ。それもそのはず、何しろ二人はそのやり取りを知っているし、しかも相手はクロロときた。

「もーう、あの時は結局その人に私が勝負してたのばれちまって」
「ばれちまってじゃなくて、ばれちゃって、でしょ?」

シャルナークはやんわりナマエの荒れた言葉遣いを訂正する。

「ばれちゃって、でその人私に絵を描けって言うの」
「ほー」
「私も悪いことをしたと思ったからただで描いたのに、今度お礼をさせてくれって!」
「え?マジかよ?」

大げさにジェスチャーするナマエを怪訝そうに見つめるフェイタン。
大してリアクションをとらないのはフェイタンだけで、他三人はクロロの話には続きがあったのだと興味を持つ。
お礼?いや、女性の扱いに慣れているクロロならやりそうだけど、あんまりナマエは喜んではいないようだった。

「それでさっき食事して来た」
「だんちょ......その人きっと高いレストランに連れて行ったんだね」

団長と出かかったのだが、気にせずナマエはそうなのそうなのと首を縦にブンブン振る。そして、高いレストランなんか見た目がいいだけで量がないよーと人差し指と親指で、量の少なさをアピールする。そんなナマエを見てフェイタンはバカにしたようにニヤリと笑う。

「お前の場合は食事じゃなくて餌ね」
「はあぁっ!?」
「オレも高くてちっとしかねぇよりは、量だなぁ」
「でしょう?ウボォーさんは私の味方でございます」

シャルナークは笑顔で流石にナマエだって人肉は食べまいと思うが、量を食べる二人はそうゆう意味では気が合うのかもしれない。クロロがウボォーギンに負けるとは。
まあ、それでこんな正装をしているわけだ。

「あ、ねえ、ナマエ」
「なーに?」
「これ脱いでみてよ」
「パーカー?」
「そう」

思いついたようにパーカーをちょこんとつまむシャルナーク。ナマエはニコッと笑い「いいよ」と言って、ファスナーをつまんで一気に下まで引き下ろした。

「ひゅー、似合ってんなー」

立ち上がって恥ずかしげもなくポージングするナマエ。フィンクスは口笛を吹いてナマエの全身を眺めた。
この食堂には異色だったが、ナマエ単体で見ればまるでここが高級レストランか何かのようだ。パーカーのせいでいつも見えない腕は白くて細い。デコルテも綺麗だし、フェイタンが子供子供言う割りには年相応だ。

「いいねオレもナマエのことデートに誘いたくなっちゃった」

冷やかすようにシャルナークは言うと、ナマエは不思議そうに首を傾げる。
長い間「蜘蛛」としてやってきたが、皆互いに互いの女性関係には首を突っ込まないので、どうゆう趣向があるのかは知らないが、これとデートだなんて大概頭がいかれているか疲れているかのどちらかだとフェイタンは思った。

「デート?あの人、私をデートに誘ったわけじゃないよ」

どんな真意でクロロがナマエにご馳走をしたかはわからない。もしかしたら本当に絵に感激してお礼がしたくなったのかもしれないし、ナマエ自身に興味を引かれたのかもしれない。どっちにしろナマエにはクロロに対しては悪いことをさせてしまったという思い以外にはないようだが。

「じゃあオレ達の中なら誰とデートする?」
「デート?」
「そう。選んでみてよ」
「ははは、シャルさん酔ってますな」
「いいから、選んで」
「ん?んー...」

やっぱり酔ってるんだなあと思いつつもナマエは四人を見回した。かなり悩んでいるようだ。そしてフィンクスでパッと目が止まる。

「フィンクスはやだな」
「あ!?なんでだよ!」

フィンクスは思わず声を荒げる。まさか、自分が嫌だと言われるとは思わなかったらしい。「フェイタンはやだ」と言うのが目に見えていただけに割とくるものがある。

「きっとフィンクスはすぐ身体だから」
「な!」
「嫌じゃないけど、嫌」
「矛盾してるね」
「...嫌じゃねーのか?」
「こら、喜ぶな!」
「べっつに、喜んじゃねーけど」

フィンクスは少し恥ずかしそうに頬をかいた。
しかしナマエの中ではもうそんな話終わったことになっていて、「デートしたいのは」と口を開く。

「そうだなー、んー......」
「......」
「フェイタン!」
「......で、デートしたいのは誰?」
「え、だから、フェイ...」
「冗談だろ!?」
「ど、どうしたの?フィンクス?」
「だって、フェイとオレじゃあ天と地ほども違うだろーが!」

あれだけ険悪な仲の二人だったのに、自分が負けたことはそうとう悔しかったらしい。それでも一番驚いているのは他の誰でもないフェイタン自身だ。あれだけ蔑んだ発言を繰り返していたのに、と思う。
なんだか、フェイタンはもうこの目の前の子供の意図が読み取れない。お父さんだと言ったりデートしたいと言ったり。これだから子供は。マスクの中で小さなため息を一つついた。

「誰が子供の相手なんかするか、バカナマエ」

訳がわからないままやっとのこと口にした言葉。直後フェイタンは自分はバカだと思った。

「フェイタンが私の名前呼んだ!」

目の前には目を輝かせて喜ぶナマエがいたからだ。






おわれ!

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