ディアーユー

□侵入者
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「あ、ナマエ、オレの部屋にコーヒー持って来て」

少し遅めの朝食を食べ終えたイルミは食器の片付けをしているナマエにそう言った。

「お仕事はないのですか?」
「うん、今日はね」
「ではゆっくりできますね」
「そうだね」

短くやり取りしてイルミは部屋へと去って行った。
ナマエのメイドとしての仕事はだいぶ慣れたもので、手早く片付けを済ませる。それもこれも、ナマエにはメイド以上に多種多様な仕事が求められるからだ。
ナマエは厨房でコーヒーを入れてもらい、銀のプレートに乗せ足早に運んで行った。
コンコン。ノックをするとイルミから「入っていいよ」と返ってくる。

「お持ちしましたイルミ様」
「うん、早い早い」

メイドとしてちゃんとやれるようになったね。

満足そうなイルミにホッとしたその瞬間。ヒュヒュッと空気を切り裂く音がした。とっさにナマエは首を傾けてそれを交わしたが、イルミの部屋の壁には数枚のカードが突き刺さっていた。

「.........トランプ?」
「......」

ナマエがコーヒーを持ちながら確認するとそれはトランプで、サッとイルミの顔が険しくなる。

「わお♥︎」
「!!」

どこからか興奮した声が聞こえる。それはベランダからで、いつの間にかベランダには奇抜な格好をした赤髪の男がニヤニヤとしながら立っていた。

「すごいよ、キミ♥︎」
「だっ、誰!?」

全く、いつか来るんじゃないかと思ってたけど。えらく早いね。
ほら、ナマエが怯えちゃったじゃん。お前、でかいし奇抜だし、一目見た時の好感度ってものはないよね。

「うちのメイドが死んだらどうするんだよ、ヒソカ」
「くくく、大丈夫だよ、彼女けっこうやれるよ♣︎」

ナマエはわけがわからなそうに、ヒソカとオレを交互に見た。

「ボクの名前はヒソカだ♠︎」
「ヒソカ...?」
「そう♥︎彼の親友♥︎」

ナマエは怯えていたけど、ヒソカからオレの親友だと聞くと少し安心したようだった。
安心するのが早い。

「ヒソカ様はイルミ様のご親友なのですね」
「そうそう♦︎」

信じちゃダメだよ。これはどう見ても侵入者でしょ。ベランダから侵入まがいな行動をとる友人がいると思う?
だいたいナマエ、避けたとはいえトランプ投げられたじゃん。
あいつ殺す気で投げたんだよ、バカ。

「親友じゃないよ、これはただの知り合いの侵入者」
「え?そうなのですか?」
「くく、最近ボクの相手してくれないなァと思ったら......家に楽しみがあったら友達どころじゃないよねェ?」

どうゆう意味。

「では、ヒソカ様はイルミ様のお客様ですね?」
「うん、まあそんなとこだね♠︎」
「......」
「何かお飲み物お持ちしましょうか?」
「ううん、コレでいいよ♦︎」
「あっ、これは」

そのコーヒー、オレのなんだけど。
ヒソカはオレなんかちっとも見ないでコーヒーに口をつけ、元に戻す。

「何しに来たの」
「うーん、ちょっとキミがボクをかまってくれない理由をね...そしたら、こーんな可愛いメイドさんが♥︎」
「うわっ」

ヒソカはナマエのウエストをがっしり掴んだ。トランプを投げられてもこぼれなかったコーヒーが、プレートの上にこぼれる。

「やめてくださいっ!ヒソカ様!」
「イイねェ、ヒソカ様って響き♥︎」
「ちょっと、うちのメイドに触らないでね」
「...はいはい、わかってるよ、殺気すごいケド?」

そりゃあ殺気立つでしょ、目の前でヒソカにうちのメイドたぶらかされたんじゃ。
ヒソカはしぶしぶナマエを離した。

「キミ、可愛いね♣︎」
「あ、ありがとうございます」
「用がないなら帰りなよ」
「用があるから来たんだけど?」
「ああ、オレがお前をかまわない理由だっけ?」
「そ♠︎」
「そんなの、かまいたくないからだよ。ほら、わかったでしょ。帰りな」

納得いかない顔だね。

「うーん、それは半分ほんとで半分嘘だね♥︎」
「は?」
「ボク嘘つきだから、そうゆうのには敏感なんだ♦︎」
「ふーん、なるほどね」
「あの子、可愛いね♠︎」

ヒソカはナマエに聞こえないようにオレの耳元で囁く。
ナマエはヒソカにビビって少し離れたところへ移動した。

「うちのメイドだからあんまりからかわないでね」

言っても無駄かもしれないけど。
案の定ヒソカはもうオレなんか興味なさそうに、離れた位置にいるナマエに話しかけた。

「ねえ、キミ名前は?」
「...ナマエです」
「ナマエか♥︎可愛い名前だね♥︎」
「...ありがとうございます」
「キミは彼氏とかいるの?」
「......いません」
「うん、うぶそうだもんね♠︎」

...あんまり、ヒソカにいろいろ教えないでほしいんだけど。
てゆうか、プリンのやつから学んでないね。
これはあとでお仕置きだ。

「ヒソカ、お前は17の子供に手を出すほど女に困ってないでしょ」
「そんなことないよ♣︎」
「あのね、ナマエ、いい機会だから聞いて」
「はい」
「こうゆう男は金で女と遊ぶ悪い奴だから、気をつけるんだよ」

「酷いなァ♦︎」ヒソカはイルミの言葉に苦笑いして肩を竦めたが、大して気にしてはいないようだった。

「お金で女性と遊ぶということは、ヒソカ様は恋はなさらないのですか?」
「一晩だけするよ♥︎」
「一晩...?」
「いいかげんにしなよ、ナマエは右も左も分からないような子なんだから、あんまり汚いこと言わないでくれないかな」
「イルミ様、私、右と左くらいわかりますよ!」

...表現だよ。
男女のことなんて何も知らないじゃないか。
ヒソカが暗に言ってるのはワンナイトラブのことだよ。
恋なんかする気ないんだよ。
ま、ヒソカにはできないと思うけど。

「もういいでしょ?帰ってくれるかな」
「はいはい♣︎」

なかば強引にヒソカをもと来たベランダへと押し返す。
ヒソカは抵抗はしなかった。

「じゃあナマエ、ボクまた来るね♥︎」
「あっ、はい」

「じゃあね♦︎」と不敵な笑みを残してヒソカはベランダから飛び降りた。
また来なくていい。もう来んな。
二度と来んな。
ヒソカがいなくなった部屋はやけに広く感じた。
あいつでかいもんね。
ナマエは夢でも見ていたのかと思うくらいあっという間に終わったインパクトのでかい経験にぽけっとしている。

「コーヒー」
「え?」
「オレ、コーヒーを持って来るように言ったよね」
「あ...」
「まさかあんなのの飲みかけをよこす気?」
「いっ、今すぐ!」

ちょっと殺気を向けたらナマエは慌てふためいて部屋から出て行った。
ヒソカが居なくなった時よりもナマエが居なくなった時の方が部屋は広くて何もないように感じた。


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