Short
□paranoia
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「只今帰還致しました」
成果は上々だった。
枯渇気味だった玉鋼も大量に手に入ったし、負傷した者もいない。
「失礼しま──」
主に報告しようと、戸に手をかけ、すっと開く。
途端に、突き刺さるような黒く甘い匂いが鼻を撲った。
「主?」
噎せ返るような匂いに顔をしかめながら、中へ中へと足を運ぶ。
暗く沈んだ部屋に灯りはついておらず、何処か空虚で重苦しかった。
嫌な予感がする。
「居らっしゃらないのですか?…それでは何処に」
未だ返事のない言葉が不意に途切れた。
さまよっていた視線が、ある一点に釘付けになる。
「─────!?」
主が横たわっていた。
居眠りをしているのではない。
理由は一目瞭然、彼の下には見慣れた畳ではなく夥しい量の赤が溢れているからである。
「ぅ″、あ………っ」
喉元をせり上がってくる異物を堪えることもできず、その場にぶちまけた。
主の赤と混ざって奇妙な色彩を創り出す。
気持ち悪い。
喉がひきつる。
息がうまく吸えない。
表情をつくれない。
助けを呼ばなくてはいけないのに、声が出ない。
「…ぁ………るじ……」
彼の左胸に置こうとする手が震える。
──動いて、いない。
「あ、ぁ…………っあ、」
死んでいる。
決定的に、死んでいる。
徹底的に死んでいる。
完膚無きまでに死んでいる。
死んでいる、死んでいる、死んでいる。死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死ん で
い
る
俺の主が、死んでいる。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああぁあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアハハハハハハハハハハハハハハハハアハアハハハハハアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハははハハハハハハハハハハははハハハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
喉を引き裂かんばかりの絶叫が高笑いに代わる。
泣き疲れた子供のように、俺はぐしゃりと崩れ落ちた。
「──さすれば俺に、生きる意味はない」
紫の華が、紅に散った。