三国無双 短編

□銀屏のういんく
1ページ/1ページ

ワンライ2作目。「ウインク」
20141210 tubaki。




その日5つになる銀屏が乳母と侍女と共に市場を散策していると、年頃の女性たちが開けた場所で話をしていた。
小物売りの男がどうだとか、刃物を売る店の下働きに見目の良い男が来ただとか、銀屏に聞かせるべきでない会話の内容に乳母は眉を寄せて銀屏の肩を二度叩き広場から離れるように促した。
銀屏は右手に握ったきれいな色をした飴を見ていたが、急に叩かれた肩に驚いて意識が飴から遠のくと、はっとした瞬間目に飛び込んできた女性たちの集まる華やかな一角へと目を奪われた。
ひらひらと春風に舞う裳に気を取られ、乳母が元来た道へ歩んでいるのに気付いていないまま、銀屏は女性たちの会話を耳にする。

「あそこのお屋敷の若君は私へウインクをしてくれたの。」

「まぁ、きっとあなたの事が好きなのね」

「銀屏さま、そろそろお屋敷に戻りましょう。」

年若い女性の話す声に耳に心地よい声が銀屏の意識を持ち去っていたのを、乳母の聞きなれた声が引きずり戻した。

「あ…はい!」

乳母のいう事をよく聞きなさいと父上に言われた通り、銀屏は乳母の後に付いて屋敷へと引き返した。



大きな門を潜れば先に広がるのは広々とした中庭。大抵の場合はそこで関家の若君が手合せをしているのがここの風景のようになっていたが、今日は生憎誰一人いなかった。
父上も兄上達もみんながお庭にいない場合はあそこしかないと、銀屏は北の母屋へ駆けて行く。転ばないでくださいねとは乳母が投げかけた言葉だが、銀屏は振り向く暇も惜しいと一目散に向かっていった。
走り抜けた先にある大きな両開きの扉を押し開けば、中では銀屏の期待していた通りに尊敬する父や兄達の姿があった。
字の読める兄達は時折こうして父と共に卓を囲み、儒教の書物について論じ合うのが習慣である。

銀屏は兄達の姿を目にするなり笑顔で、父上兄上と呼びかける。すると父や兄も答えてくれるのだ。

「おお、銀屏。」

「そんなに慌てては転んでしまうぞ」

「おめかしして外へ行ったのかな?髪飾りも可愛いね。」

「…飴を持っているということは市場だ。」

父が銀屏の名を呼んだのを目にした後、一通り兄達の顔を見渡すと、銀屏は空いている卓へ小走りで駆け寄ってそこによじ登った。
銀屏が大兄上と呼び慕う関平は、その様子をはらはらと見守っている。乳母よりも口うるさい大兄上へ、心配しなくても銀屏にもできますとばかりに座った後で視線を合わせて得意げになった。

「飴を買ってもらったんだね。」

「はい。きれいないろのすてきなあめです。」

銀屏が小兄上と呼び慕う関索は銀屏の持ち物や衣服をいつも褒めてくれる。よく可愛いと言ってくれるのも小兄上だった。

「何か気になる事でもあるの?」

銀屏の小さな変化を瞬時に読み取り視線を合わせてくれるのは、この兄上をおいて他にはいない。


「はい…。あにうえはういんくをしっていますか。」

「ういんく…。」

兄上は常と変らぬ静かな声で銀屏の聞いたういんくという言葉を口に出した。

「こうするんだよ。」

兄上は銀屏の前でぱちん、とゆっくりと右目だけを瞑って見せた。どうやらそれがういんくらしいとは、大兄上や小兄上が笑顔で頷いている所を見ればわかる事である。

「こ、こう…ですか。」

銀屏が兄上の真似をして右目をぎゅっと瞑ると、なぜだか左目も同時に瞑ってしまい視界が真っ暗になった。

「それではだめだね。こうだよ。」

小兄上もぱちん、と右目を瞑った。その様子は兄上のそれよりも軽やかな瞑り方である。銀屏が小兄上のういんくに目を光らせていると、大兄上が声をかけた。

「銀屏は誰にういんくという言葉を聞いたんだ?」

「ひろばのおねえさんたちです。」

銀屏はそういうと催促するように尊敬する父を見た。うむ、という声と共に、父上もまたぱちん、と右目を瞑る。
それを見た銀屏の目は一層輝いた。

「大兄上、大兄上もういんくをしてください!」

銀屏に求められれば仕方がないと、関平はあまり得意でないういんくをしぶしぶといった様子でぱちん、としてみせた。

「それで、広場のお姉さんはういんくをするとどういう意味になると聞いたのかな?」

「ういんくをするとすきだといういみになるといっていました!」

銀屏の突拍子もない発言に、関羽と関平は眉を寄せた。関興はやはりそんなところだろうと溜息を吐き、そして関索はしずかに微笑むと、

「そうだね。私は銀屏が大好きだから」

と常と変らぬ様子で言ったのだ。

「私も父上や兄上達のようにういんくができるようになるでしょうか」

そういって何度も両目を瞑る銀屏に、関興は慰めるように手を置くと、常と変らぬ様子で声をかけた。

「腕を鍛えるためには動かせばよい。足も同じだ。きっとういんくも繰り返し目を瞑ればできるんじゃないかな…」

わかりましたやってみますとその日卓の上で何度も目を瞑る銀屏を4人は微笑ましく見守ったのだった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ