長編 蜀

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香織のレジュメは今日も細かい記入がなされていた。

板書能力だけは無駄にある。地頭はあまり良くないが、習ったことは覚えている方だった。

そしてかなり運が良くもあった。
大学は運で入れたようなものだ。
友人も運良く手に入った。
意地悪な徐庶に、優しい法正。
今時、大学での中国人留学生は珍しくもなく。
彼らは日本語も英語もペラペラで、その上頭も良い。
法正に至っては性格も穏やか、人当たりがよく、少しの恋心を抱いていた。
徐庶とは腐れ縁のような仲だ。愚痴を吐くための宅飲みを夜通ししたことが何度もある。
バイトで午後にある教養の授業を休みがちな徐庶にレジュメのコピーを持って行き、代わりにレポートの添削を頼んだりする関係であった。
香織の歴史学部と徐庶や法正の学部はそこまで接点がない。
教養の科目で一緒になる以外は、こうしてキャンパス内ですれ違うくらいだ。



「香織、今日はもう4限で終わりですよね?」

「法正、お疲れ様!そうだよ。今から帰って三國無双をするつもり!まだクリアまで時間かかるから。」

「先日の奴ですね?俺と似ているキャラがいるとか。でも性格は違う…でしたっけ?」

「そうなの。法正が意地悪なんて考えられないよね!ほんとオススメだよ!時間あるならやって見て欲しなぁ…VITA持って行ったらやってくれる?」

法正が静かな笑顔で話しかけて来る時は、大抵食事の誘いだったりする。
少しずつ距離を縮めてくれる優しさが彼らしいと、香織は気付かないフリをしつつ彼の誘いを楽しんでいた。
中国人男性は女性に優しいらしい。香織が検索したネットでの知識だが、中国の、取り分け都市部は欧米のようなマナーが広まっているのだそうだ。
きっと幼い頃から女性に対する扱いを学んできたのだろう、法正は完璧な男だった。
重い物は持ってくれる、お酒を飲んでも手を出さない、夜は家まで送ってくれる…。
それこそまるでお姫様のような扱いに、香織が国の垣根を越えようとするのも時間の問題で。

「それなら今夜食事をしませんか。実家から食材が送られてきたので、私の故郷の食事をあなたに紹介したい。」

「良いの!?凄く興味ある!やっぱり本場の中華って美味しいのかなぁ。」

香織の返事を喜んだ法正は目を細めた。
二人が歩く先は学生向けのホールである。
法正はホールを抜けて図書館へ行き、香織はホールで徐庶と待ち合わせ。

「それではまた後で。」

「うん!またね!」

学生でごったがえす授業の合間のホールは、待ち合わせ場所には不向きであると毎回二人は反省していたが、他に思い当たる場所がないのでいつも同じところで待ち合わす事にになっていた。

「あ、徐庶!」

「やぁ。君は相変わらず見つけにくいな。」

「ふーんだ、徐庶みたいに背が高くないですからね!」

二人はコピー機のある角へ向かう。
先程の授業で書き込んだばかりのレジュメを渡すためだった。

「うん、毎回思うけど、日本の女の子は本当に文字が丸いな。」

「もう!文句言うならあげませんから!」

「じゃあ今期の必修、君は再履だろうな…」

「あーもう!なんで法正と同じ必修にしなかったんだろう!」

徐庶に頭をポンポンと叩かれ意地悪を言われると、変に意識してしまう。
このボディタッチが何を示しているのか、香織は分からないフリをしていた。
徐庶は背が高く、身嗜みを整えれば見た目も良い。
黙っていればかっこいいのにと、香織は何度も思っている。

「そういえば今夜、法正とご飯食べるんだよ。徐庶も来ない?」

「良いね、先日君が言っていたゲームもしてみたいし、持ってきてくれないかい。」

「持ってく持ってく!ゲームの中のキャラクターを見習った方が良いよ徐庶!超可愛いしかっこいいんだから!」

「日本の女の子の可愛いは当てにならないって事、俺はよく知ってるよ。」

貰ったレジュメをバッグにしまった徐庶は、香織と並んで駅へと歩き出す。
賑わう学内では所々でいろんな人によりお酒の誘い合いがされていた。

「あ、法正からメッセージが着たよ。」

徐庶のスマホに写る吹き出しの中には今夜の食事への誘いが送られていた。

「じゃあまたねー!」

香織が手を振ると徐庶も答えた。



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家に帰るなり香織はps3の電源を入れてコントローラを握りしめた。
今日こそIFルートへの条件を満たさなくては。
史実のルートはクリアし、余り良くない気分なのだ。
二人にゲームを紹介する限りは、2人が気分良くゲームを受け入れてくれるように、IFルートのクリア熟知しておきたかった。

「でもなんでだろう。何回やってもホウ統が矢で射られるんだよね…。」

どうにかしてホウ統を生き残らせなければ、IFルートへの条件が満たされないのだ。
途中課題を片付けながら、何度も何度も成都へ進行した。


「あー!無理!もうVITA持って行って2人にやって貰お!」

あの2人ならばゲームも出来るだろう。
香織はゲームと宿泊用の荷物を大きめのバッグに詰め込む。
エナメル素材のそれは3wayで使い勝手が良く、雨の日も気にせず使えるので法正の家へ行く時用に常にクローゼットの手前に出してあった。

大抵の場合、3人で食事をするとそのまま泊まるのことになっていた。
法正の気使いで香織はベッド、徐庶はソファ。そして法正はカーペットの上で朝を迎える。
メイク落としや歯磨きなどの道具を持って行けば、安心して泊まることができた。他にも何か入っているはずだが、暫く中身をチェックしてないので分からなかった。
スニーカーへ足を入れて、まだ完全に履き切らないうちにドアを開ける。

「いってきまーす!」



誰もいない部屋へ声だけ残し、香織はドアを開けた先に広がる草原へ、足を踏み出した。

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