賢者の石
□六章
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彼の右足に向けて癒す魔法をかけるが、これはあくまで応急処置的なものでしかなく、効果は薄いように見えた。心なしか、トイレで見た時よりただれているというか…。
「……気は済んだかね。」
足を見る為に屈んでいたフーリンの上から彼特有の低い声が響く。
「済んでない。聞き忘れたけれど、これ何でできた傷?」
「……三頭犬だ。」
忌々しそうに呟くあたり、よほどだったんだろう。フーリンは苦笑いを零しつつ、奥にある彼の本棚を漁り始めた。取り出したのは『魔法生物のあれこれ』という分厚い書籍。魔法薬関連の本しかないかと思われたが、あってほっとする。
「何をするつもりだ?」
フーリンはセブルスの方を見ずに答える。
「三頭犬について調べてる。これ、普通の噛み傷に見えないもの。酷くなったら益々面倒になるわよ。」
それから暫くお互い無言。セブルスが逃げ出したりしないで大人しく座っているのは、昔から彼女はこういうことに関しては絶対譲らないと知っているからである。
「ん…ああ、多分細菌が入ったのね。セブ、奥にある常備薬ちょっともらうから。」
本から目を離した彼女は、何かに納得した後許可を求めたくせに返事も聞かずに奥からセブルスの調合した薬を二種類持ってきた。
「じゃあ塗るよ。まずは消毒薬。」
フーリンは優しく塗ったが、それでも傷は深く、セブルスの表情は苦痛に歪められた。
「これが…切り傷擦り傷の薬。」
彼女は滑るように塗っていく。傷の手当は不本意な理由により得意だ。そもそも自分も生傷の絶えない生活をしていたが、学生になってからは目の前にいる親友の手当てをすることの方が多かった。嫌悪してやまない四人組。奴らのせいで。
「終わり。フェルーラ(巻け)。」
最後に包帯を巻いて彼女は立ち上がった。それを、セブルスは軽く手を引いて制止する。
「待て。我輩の質問にも答えてもらおう。座れ。」
彼女は言われた通り、彼の隣に座った。ソファが一つしかない為、どうしても隣しかないのである。セブルスは杖を振ってティーカップとティーポットを出した。温かく、香りの高い紅茶が注がれ、さりげなく砂糖が二つ入れられた。それを差し出されれば、フーリンは一口含む。
「ディンブラね…ふふっまだ覚えてたんだ。」
「何がだね?」
「私が紅茶に入れる砂糖の数。ものによって数変えてるの。その様子だと、ミルクを入れる種類も覚えてるの?」
フーリンは心底嬉しそうに笑った。紅茶の穏やかで上品な香りが、気持ちすら穏やかにしてゆく。セブルスはそれとは対称的に渋い顔をしていたが、全く気にならない。フーリンは自分の紅茶に対する砂糖やミルクのこだわりを覚えてもらえてたのが嬉しくてたまらなかった。
「ふんっあれだけうるさく言われていれば嫌でも覚える。」
そう言って彼は顔を背けてしまった。その様子がとても可愛らしい。あの陰険根暗蝙蝠を可愛いなどと言えるのは今現在この世で彼女だけだろう。
「はいはい。それで?聞きたいのは…ハリー達のことかな?」
あまり拗ねさせるのもどうかと思い、フーリンは話を戻した。セブルスも持ち直し、彼女を見る。
「ああ。あの優秀なグリフィンドール生は、どうやら父親に似て大層勇敢なようですからな。危険も危険と思わず、自ら突っ込んでいかれる。」
今回のトロールのことを言っているのだろうか。笑えるくらい嫌味全開である。
「そりゃあ、ハーマイオニーを助けに行ったのよ。」
「だとしても、あの状況なら死んでもおかしくない。他にもっと考えるべきでしたな。」
「一年生の子供にそこまでの判断力を求めるのは酷だわ。必死だったのよ。幸い私もいたし…結果オーライでしょ。」
そこまで言い返したところで、彼の顔が曇る。言い返されたことに対してではない。先程のクィレルの視線、そしてマクゴナガルに怪しまれ始めていたことに対してだ。
「フーリン…これからは少し目立つ行動は控えたまえ。」
「そうしたいのはやまやまなのだけれど…どうしてもあの子達がそれを許してくれないのよ。」
二人同時に溜息を吐く。やんちゃ過ぎる護衛対象を思ってのことだ。
「あ、それで…多分セブが一番聞きたがっていることだと思うのだけれど…ハリー達はどんどん石に近づいていってる。三頭犬も見た。隠し扉も見つけてしまった。賢者の石に気付くのは時間の問題ね。」
そう言いながらフーリンがやれやれと言った様子で紅茶を啜った。これから起こることは大体予想がついてしまったのだ。
「何としてでもそれは阻止しろ。危険過ぎる。」
眉間の皺を増やしながら言われても彼女は困るだけだ。止められる気がしない。
「貴方も知ってるでしょ?あの子は…自分で勝手に突っ込んで行くし、そればっかりはどうにも…子供って怖いわ。」
「…親の顔が見てみたいとは良く言ったものですな。」
「それはお互い良く知ってるじゃない?私も、セブも。」
カチャリ、とティーカップをテーブルに置く。時計を見れば、もう朝方近かった。
「それじゃあそろそろ戻ろうかな。また紅茶入れてね。あ、使った分の薬は今度調合するからまたくるね。」
フーリンはそれだけ言って姿くらましで自室に戻って行った。残されたセブルスはカップとポットを片付けながら、あの少々自分に対しておせっかいな友人のことを考えた。
昔からよく世話を焼いてた。己の味方と判断した相手にはとことん優しさを見せるし、敵には情けや容赦というものがない。そんなところは、どこか自分と似ているなと思っていた。(セブルスはそこまで世話焼きではなかったが)
努力家なところは好ましく、自分とは違って根暗でもない。そんな彼女は吸血鬼の血が入っているというだけで遠ざけられていた。孤独な者同士、また、魔法薬を好んでいたりと共通点が多かった為、あまり人とつるまない自分がリリー以外で初めて作った友人だった。
まあ、おかげで彼女まで仕掛け人の下らん“悪戯”に巻き込んでしまったわけだが。それでも彼女は自分の傍を離れようとしなかった。リリーと決別して荒れてからもずっと。遂には死喰い人にまでなってついてきた。純血主義のような血による差別を彼女は嫌っていたはずなのに、だ。
隣でずっと笑っていた。沢山助けられてきた。だが、そんな彼女があの日突然消えた。リリーを守りに行ったのだと、そしてあのお方に立ち向かったと聞いた。どれだけ捜しても見つからなかった彼女。突然現れたと思えば、また自分を助けようとしてくる。
そこまでする価値など、セブルスは自分には見出せなかった。不思議でならない。かといって、この疑問を彼女にぶつけても「親友だから。」と返されるだけだろう。
未だに理解できない親友の思考だが、今はそれでも良い気がする。ずっと一人で肩の力を抜けずにいたのに、あの親友の前では自然と抜けてしまう自分がいる。久し振りに感じた本当の信頼。その心地良さを思い出せば自然と口が緩む(彼女の前では絶対しないが)。
望まれれば杖すら自分に差し出しそうだななど考えながら、セブルスは明日(日付をまたいでいるから今日かもしれない)の授業に使う材料の準備をした。