賢者の石

□五章
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グレンジャーはその後の授業を一切出なかった。パーバティが言うには、グレンジャーはトイレで泣いていて、一人にしてくれと頼んだらしい。


ロンは少し、バツの悪そうな顔をしたがそのままだ。この歳の子というのは素直になれないものだとある程度理解している。多少なりともロンには謝罪する気持ちはあるだろう。彼はそんなに悪い子じゃない。ただ、できすぎる兄に囲まれて育ってそもそも劣等感を持っていたところに、グレンジャーのような優秀な少女に、言っては悪いが上から目線で注意やおせっかいをされて、つい悪口を言ってしまっただけだ。


ここは大人の私が人肌脱ごうじゃないかと、フーリンはご馳走の並ぶ広間ではなく、グレンジャーの泣く女子トイレに向かうことにした。


トイレには少女のすすり泣く声が響いていた。こんな時間まで泣いていたというのは、余程傷ついたのだろう。それはきっと、ロンの悪口が多少なりとも的を射ていて、それを直したいという反省更生の気持ちを持っているからだと思う。


「Ms.グレンジャー、いる?」


フーリンが声を掛ければ、涙声の声が返ってきた。


「一人にして!どうせ私はおせっかいで勉強しかできない上から目線の傲慢な嫌な奴よ!放っておいて!」


「貴女のお願いを聞く義務なんてないわ。ここは貴女の私室ではなく、女子生徒なら誰でも入れるトイレですもの。」


そう言えば、彼女は黙った。黙ったのをいいことに、フーリンは勝手に話を続ける。


「グレンジャー、私も確かに貴女の物言いはよろしくないと思う。人の怒りに触れてしまう、傷つけてしまう言い方だから。でもね、貴女の言っていることは正しいことばかり。同じ寮の子が規則を破る、悪いことをしようとしている…それも、自分勝手な理由でね。それを止めようとするのは正しいわ。寮での生活というのは集団なのだから、規則を守ろうとする姿勢は素晴らしいと思うの。それに、授業だって…ロンができないから正しいやり方を教えただけ。それが、彼には少々気に触ってしまったみたいだけれど…。」


そこで一旦言葉を区切れば、彼女は泣き腫らした目で個室から出てきた。


「ね?私は、周りに流されずにいつでも自分の正しいと思ったことを言える貴女は凄いと思うし、好ましいと思う。ただ、貴女の良さというのは理解されるのに少し時間が掛かるだけ。ロンだってきっと分かってくれるし、酷いことを言ったって謝ってくれると思うよ?」


駄目押しの一言で、やっと彼女は少し微笑んだ。その姿は年齢に沿った可愛らしいもので、随分前に捨て去った純粋なものだった。羨ましい…なんて、今は言えない。


「ありがとう、レリエル。そんな風に言って貰ったの初めてだわ。私、貴女とは仲良くなれそうって思ってたの。ずっとハリーやロンといたから話しかけられなかったけれど…。」


照れているのか、彼女は少々俯いた。


「いつでも話しかけて。もしかして、私はグレンジャーの友達第一号ってことで良いのかな?」


ニコニコしながらそう問えば、彼女は嬉しそうに頷いたが、一つだけ訂正された。


「ファーストネームで呼んでよ。友達なんだから。」


少し膨れる彼女もとても可愛い。ハリーやロンのような少年とはまた違った可愛さである。


(そういえば、セブも昔はこんなだったな〜可愛かった。)


遠い昔の想い人を思い出せば、何故か笑えてくる。あの可愛らしい初心な少年が、今では陰険で根暗な教師をやっているなど笑い話にしかならない。


その少年の笑顔が完全に壊れて、過ちだと分かりつつもその道に進むことを止められなかった、いや、止めなかった自分。取り上げれば彼は何に縋れば良いのか、などと無駄な考えを巡らせ、結果的に彼を酷く傷つけてしまった。それは今でも消えない傷となり、彼を苦しめている。磔の呪文のように。


「レリエル?」


急に神妙な顔をして黙ったフーリンに、ハーマイオニーが話しかけた。何でもないと曖昧に笑い、広間に戻ろうと促した。その時である。


嫌な臭いと共に、大きすぎる何かが歩いてくる音が聞こえた。それはどんどんこちらに近づいてくるのが分かる。


「何…。」


ハーマイオニーは不安げに洩らした。


その何か、はすぐに分かった。真っ直ぐとこのトイレにきたからである。ずんぐりとした巨体にこの悪臭。トロールだ。何故こんな所にいるのか、などということは今はどうでもいい。何よりも大事なのは自分達の身を守ることである。


何故か入り口のドアは勝手に閉まり、更には鍵を掛ける音まで聞こえた。冗談じゃない。が、幸いトロールのオツムというのはあまり良くできてはいない。上手く立ち回れば助かるだろう。


「プロテゴ!(護れ)」


フーリンは自分とハーマイオニーの二人に保護呪文をかけ、彼女には問答無用で後ろにいてもらった。さて、手に持つ棍棒を振り回された所為で、トイレはボロボロである。後片付けをする教師陣に少し同情しつつ、このトロールにはお仕置きが必要だとフーリンは杖を振ろうとした。だがそれは、突然開かれた扉とその先にいた人物を見て止まる。
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