賢者の石

□三章
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証拠。そんなもの急に言われても困るだけだろうが、友人の名を名乗る少女は何も言わずに自分のローブの中をまさぐった。そして、次に彼女の手から出された物を見て更に眉間の皺を深くする。


彼女の手に握られていたのは、夜空をそのまま切り取ったようなデザインのペンダントだった。そしてそれには見覚えがあり、紛れもなく自分が学生時代友人のフーリンに贈った物だった。


「セブ……ごめんなさい。」


ペンダントを握り締めながら、フーリンは震える声で謝罪した。何に対しての謝罪なのだろう。セブルスは訳も分からずイラついた。


「……全て話せ。」


彼が短くそう言えば、彼女はうなだれながらぽつりぽつりと自分が姿を消し、ホグワーツに再び入学した経緯を話し始めた――。





その時の状況についてはあまり覚えてはいない。ただ彼女は必死だった。森を駆け抜け例の家へと急いでいた。予言だ何だと散々騒いでいたご主人サマのたった一言の命で、愛する人はやっと自分の過ちに気付いたというのにその命令はあまりに残酷で、彼にはあまりに皮肉だった。


“とある子供に滅ぼされる。殺せ。親もろとも。”


その子供の親こそ、セブルスが愛していた女性リリーだった。セブルスはこの命令を聞いて真っ先に拒否をしようとしたが、その願いが報われることはなかった。だから代わりにダンブルドアに助けを求めた。フーリンはそれを知っていた。


だからこそ、フーリンも来るその日にリリーの元へ行っていた。危険なことだった。それでも、セブルスが二重スパイなんて危険なことをしているのに、自分ばかりのうのうとしてなんていられなかった。独断での行動。何とかして彼の力になりたかった、ただそれだけ。部屋にはリリーによく似た緑の瞳の赤ん坊。そして、その子を守ろうと立ちはだかるリリーが居た。


学生の頃と何も変わっていない強い瞳。その瞳が睨み付ける先には獲物を逃すまいとしている蛇のような目をした男だった。男が杖を振りかぶったので、咄嗟に保護呪文をリリーに掛けた。


男はこちらに気づき、少々の驚きの表情をした後、ニヤリと嗤った。


「……お前が裏切るとは思わなかったな。」


ドクンとフーリンの心臓が跳ねた。勝てないと思った。敵わない。直感だがそう思う。冷や汗が伝い、身体を冷やしていく。リリーはただ、何故お前がという表情でフーリンを見ていた。


「……笑顔を、守りたいんです。」


絞り出した声はあまりに弱々しい。それでも、きっとこの想いしかなかったのだと思う。


「お前はどう転んでも泣くだけだ。俺様を倒せても、倒せなくても。……それならせめて邪魔なこの女を殺した方が良いとは思わないのか?」


心を見透かすような的確な甘言。そう、確かに何度この人がいなければ…と考えたことか分からない。それでも、この人は……大切なのだ、セブルスにとって。何者にも代えがたい至高の存在。


「…そうか、考えは変わらないようだな。それならば。」


何も言わないフーリンに、男は全てを悟った。ここからは本当によく覚えていない。ひたすら魔法による攻防を繰り広げていた。そして、ほんの一瞬の隙、赤ん坊を狙ったのが見えてフーリンは自分を守るのも忘れて赤ん坊に保護魔法をかけた。その時、突然男が魔法の方向を替え、まばゆい光に包まれ自分の身体が吹き飛んだ。骨が軋む。


そして、薄れていく意識の中リリーがヴォルデモートに殺されるのを見ていた。心の中でどれだけ動けと言っても動かない身体が酷く憎らしく、そのまま意識は旅立っていった。最後に聞いたヴォルデモートの言葉は脳内に響き、消えない記憶として刻まれた。


“フーリン。お前は殺さない。俺様はお前を中々気に入っていたからな。分かるだろう?次はない。賢いお前なら戻ってくると信じているぞ。”


次に目を開けた時には静かなものだった。部屋には例の額に傷がついた赤ん坊のみ。横たわるリリーに、自分は何もできずに終わったのだと知った。よく見ると自分の服が大きい。ずるずると服を引きずりながらリリーを見た。そして、もう目を覚ますことはないのだと、悟った。外から随分急いでいる足音が聞こえて、咄嗟に姿くらましで外に出る。


中を静かに覗けば……愛する人の涙。今まで泣いた顔なんて見たことはない。そんな彼が泣いている。その涙は彼のリリーへの深すぎる愛と、自分に勝ち目がないことを痛々しい程に告げた。いたたまれなかった。そしてフーリンは自分を責めた。弱い自分。愛する人の笑顔を守れない自分。そしてのうのうと生きている自分に激しい嫌悪を覚える。


こんな自分じゃ彼の傍にはいられない。彼を支えられるくらい強くなろう。次こそは、きっと守ってみせるから。そう心に決めてフーリンはイギリスに別れを告げた。
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