アンドロイドになった日

□一匹目
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「あれ?」


千里が辺りを見回すと、そこは青々とした……空。


ここで注意して欲しいのが、彼女は上を見上げているわけではない。自分の左右を、首を振って見ているだけ。つまり、宙に浮いている……いや、浮いてはいない。今高速で落下している。


「うーん……チョベリバ?」


なんて古い言葉を発しながら、彼女は落ちていく。何がどうなっているのか。先程まで近所の曲がり角で間違いなく、地面に足をつけていたのに。


暑かったから熱中症で倒れて夢でも見ているのか、はたまたテストが見せた悪夢なのか。


今の彼女には知る由もない。


どんがらがっしゃーんとでも擬音が入りそうな程派手な音を立てて、彼女はどこかの建物内に落下した。


……お気づきになられただろうか。普通の人間ならぐしゃっとか嫌な音を立てていることだろう。間違いなく、かなりの高さから建物に接触したらお亡くなりになっている。


それがどうだ。彼女は建物の屋根を突き抜け、髪の毛の寂しい男性の目の前にうつ伏せになっている。一滴も血を流すことなく。


「……これは一体……」


男性は座っていた椅子から立ち上がり、適度に距離を保ちながら珍獣でも見るかのように千里を眺めた。


彼女はというと、むくりと身体を起こして自分の頬をつねる。痛い。きょろきょろと辺りを見回しても、そこは自分の知る場所ではない。


「……ここどこ?生きてる?」


独りごとのつもりで呟いたが、眺めていた男性はそれをしっかり聞いていた。


「ここはロボット養成学校じゃよお嬢さん。わしには君は生きているように見えるが?」


ニコニコと話す男性。千里は言われたことを必死に理解しようとした。「ロボット養成学校」と。


「どこですかそれ?何県?」


もしかしたらそういう専門学校の名前なのではと聞くが、男性は困ったように笑った。


「ううむ……服装、発言からして君は過去から来たのかな?じゃが……落ちてきてなんともないところを見るとロボット?その服装の時代にはここまでロボットは進化しておらんと思うがの?」


「過去」「時代」など、まるでドラマのタイムスリップものを観ているかのような気持ちになった。そして何より自分も疑問だった自分の身体。普通なら死ぬところを彼女は生きている。それも無傷で。だが、もちろん自分がロボットだったなんて聞いたことはない。何より、彼女は今まで普通に怪我をして、普通に病気になっていた。


ロボットならそれはありえない。


「あの、ちょっとよく状況が分かってないので……いきさつを聞いて頂けます?」


男性は快く頷いてくれた。


ざっくりと説明した後、不可思議なこともあるものだと男性は笑った。そして、もしかしたら何かの拍子にどこからか転送されてしまったのかもしれないと言った。そして、いつ戻れるのか、そもそもきちんと戻れるのかなどは分からないとも。


その宣告を聞いて千里は俯いた。男性はそんな彼女の肩にそっと手を置く。微かに震える彼女に、手は尽くすと声をかけようとした時……。


ガバッと千里は顔を上げた。その眼は希望に満ちており、悲しみや不安などは一切感じない。むしろ……。


「て、テスト免れたわっしょーい!!!」


わっしょい、わっしょいと喜び踊る千里に、もうこの子放っておいてもいいんじゃないかと感じ始めた男性。そして、ふと思い出したように問いかけた。


「君、名前はなんていうんだね」


「あ、そういえば……私は鳴海千里。貴方は?」


「わしは寺尾台。このロボット養成学校の校長をしとる」


千里はどこかで聞いた名前だなぁと首を捻る。そして、校長の特徴的な声と寂しい頭である人物を思い浮かべた。


(磯野…磯野○平……)


近いがそうではない。このボケ娘が、この世界がなんなのか、自分の身体はどうなったのか、それを知るのはまだ少し先のお話し。
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