秘密の部屋

□二章
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再びホグワーツへと戻ってきたフーリンは、こっそり地下の彼の研究室へと急いだ。何故なら、生徒は夏休みは家に帰されるものだし、彼女は今は生徒だからである。
見つかればひとたまりもないだろう。


事情を知っているのはダンブルドアとセブルスのみ。なかなかに慎重に行動せねばならない。


(もしかしたらセブも家に帰るのかしら……)


別に、帰省するのは生徒達ばかりではない。教師陣だって里帰りというものは存在するし、そんなことができるのは長期休暇である夏休みだけだ。
だが、彼はどうするのだろう。
確か、彼は両親と不仲であったと思う。詳しくは話したがらなかったから、今存命なのかどうかも定かではない。でも、死喰い人となった時点で、ほとんどの者は家族など捨てているようなものだ。マグルなら尚更。闇に傾倒していたブラック家やマルフォイ家などは勿論別として。
であるから、もしかしたら本人すらも両親のことは知らないかもしれない。少なくともフーリンは知らない。死喰い人になってからも彼の家に行くことはなかったし、あえて話すこともなかった。


(……踏み込むべきだったのかしら。)


友人とはいえ踏み込まれたくない領域というのはある。それは誰であろうと変わらない普遍的な事実であり、彼女はその事実に従って行動したまでだ。それでも、家庭の事情に少なからず胸を痛めていた彼に寄り添おうというのであれば多少衝突はあれど踏み込むべきだったかもしれないとフーリンは思った。


ああ…どうしてこうも後悔ばかりしているのか。彼を想うばかりに、彼女は近づき過ぎることが怖かった。近寄って、添えようとした手を振り払われ、「僕が求めているのは君ではない」と拒絶されるのが恐ろしくてたまらなかった。


だからこそどちらも傷つくことのない“お友達”という関係に甘んじた。何も言わなかった。教えなかった。助けなかった。


今になってその事実は彼女の首を無情に締め上げる。痛いと泣き喚くこともできないまま、ただただ痛みだけが増していく。


(構わないわ…私は。だって決めたもの。)


あの非情な組み分けで見た彼の横顔。言ってはいけない言葉を言い放ってしまった彼。結果的に凛と麗しく清廉な百合を散らしてしまった彼。その痛みに比べれば大したことはないと彼女は本当に思っていた。


暗くて陰鬱な地下の一室。周りから隔離され、固く閉ざされた扉はまるで彼の心そのもののようだと思う。その扉を外側から強引にこじ開けられる唯一の彼女はもういない。フーリンはただ、内側から開けてもらうほかない。


これまでと同じようにノックをして、名乗り、扉を開けてもらった。


「フーリンです、スネイプ先生。」


あえて偽名は名乗らなかった。生徒がいない今、教師の気配はこの辺りになく、使う意味がないと判断した。
扉は開け放たれ、フーリンはするりと身体を中に滑り込ませた。


「本当に早かったな。家族には会ったのか。」


セブルスはいつものように忙しなく羽ペンを動かしていた。顔をこちらに向けることはしない。声だけを投げかける。
フーリンはソファにかけて、「ええ」とだけ返した。


「……何かあったのか。」


その言葉には広い意味合いが含まれていた。この身体のことで何か言われたのか、死喰い人となったことで何か言われたのか……様々に。


「何もないわ。父さんは多少驚いていたけれど、母さんなんかあっさりしたものだった。でもホント、母さんの見た目は驚くほど変わらなくてびっくりしちゃった。」


茶化すように言えばなんとなく意図は通じたのだろう、セブルスはそれ以上の追及はせず素直にその話に乗った。


「……お前もあまり歳はとらなかっただろう。小さくなる前から。」


「そう?確かに多少若く見られたけど母さんほどの詐称はしてないわ。」


「半分は人間だから……といったところですな。吸血鬼と人間のハーフというのは魔法界でも珍しい。だからあの方もお前を寵愛した。」


「ねえ、その冗談本当のこと過ぎて笑えないわよ。寒気がする。」


セブルスは喉で笑った。フーリンからしてみれば本当に笑い事じゃない。とはいえ、これからはまた死喰い人。寵愛されなければ困るというのもまた事実。


「さあ、下らん冗談はここまでにして……私はこれから実家に帰省するが、お前はどうする?」


「え、やっぱり帰るんだ。どうしよう……。」


「一応家は残っているのでな。お前はまた実家に帰れば問題あるまい?」


当然と言えば当然のことを言われ、フーリンは暫し黙って考えた。そして、考えていたことをそのまま口にする。


「私もセブについて行っていい?」


それにはセブルスも苦い顔をした。セブルスは基本的に彼女単体に対してこのような顔はしない。親友であり、仲間である彼女には。だが、この発言には驚いたと同時に馬鹿げていると思ったのである。


「Ms.オークス、我輩の両親は既に他界している。」


「あらそう。お悔やみ申し上げます。」


「悔やまなくていい。そして我輩が言いたいのはそういうことではない。つまり、これから我輩の家にいるのは我輩だけだ。」


「そこに私も入れて欲しいと言っているのだけれど。」


「分かっている。分かっていないのはお前だ。」


頭痛がするというかのようにセブルスは頭に手を添えた。フーリンはそれこそ分からないという顔をするしかない。


「……お前は襲われたいのか。」


言われてから「ああ」とフーリンは納得する。だがしかし、彼女は残念ながらそのことに対して嫌悪感や恐怖などといったものはなかった。セブルスが求めるなら慰みものになろうが構わない。


……そんなことは恐らく一生言えないが。


「何?セブは隙あらば私を襲いたいの?飢えてるのね。」


そう茶化すしかない。セブルスは眉間の皺を深くする。


「飢えていようがいまいがそこに無防備な餌が置かれていれば食べる。それが男というものだとその歳になってまだ分からないのかね?」


「分かってるわよ。でも、セブは気持ちのない相手、それもこんな身体も胸も縮んだ色気もへったくれもない餓鬼に手は出さないだろうって思ったの。それとも意外とロリコンだった?」


ヘラヘラと言うフーリンに、セブルスは溜息しか出ない。「勝手にしろ」と吐き捨ててさっさと荷造りを始めてしまった。
フーリンは心の中で謝罪しつつ、自分も最低限の物を纏めるために寮の部屋へ向かった。


夏休みは始まったばかり。
 

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