秘密の部屋

□一章
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物思いに耽っていれば時間が経つのは早い。駅からハリー達と別れてフーリンは実家に向かった。実家は相変わらず人里離れており、ぽつんと立つその姿は寂しげだった。だが、人という生物との関わりを極端に避けてきた我が家なのだから致し方ないし、何より干渉しないのがお互いにとっての“平穏”なのだと思う。


父のように、セブルスのように、リリーのように、魔族という人種に偏見を持たない人間というのは極稀だ。ダンブルドアは利用できればどのような人種も受け入れるだろうが、それは何だか違う気がしたし、そういえばロンも少し怖がっていたような気がする。


何も変わっていない実家の戸を叩く。控えめに返ってきた声は父のもので、訝しげな様子だった。


「はい。どなたでしょうか?」


「お父さん、フーリンです。」


身体が縮み、声も少し子供の甲高いものになっていたからか、戸をおそるおそる開けた父は不審な者を見る目だった。更に、目の前に昔の娘の姿そっくりな少女が立っていれば驚きもするだろう。


「!!??」


「長いこと帰ってこなくてごめんなさい。説明したいから中に入っていいかしら?」


父、シャルタンはまだ頭が追いついていないようだったがとりあえずは中に入れてくれた。廊下を抜けてた先にあるリビングには美しい黒髪をなびかせた母、レヒテラの姿があった。


「あら?その子……フーリン?」


レヒテラは目を見開きつつも、この縮んだ小娘を娘だと認識したようだった。各々テーブルを囲って椅子に座り、シャルタンが杖を振って紅茶を出す。何も言わずにフーリンが口を開くのを待っている両親に、どこから説明したものかと思案する。両親と最後に会ったのは六年生の夏休みだった。


とりあえず自分が死喰い人となったこと、あの闇の帝王を裏切り、目をつけられていること、更には裏切った結果身体が縮む呪いをかけられたことを話した。二人共驚くばかりだった。まさか死喰い人になるとは思わなかったのだと思う。


「誰よりも偏見差別を嫌っているお前がどうして純血主義の死喰い人なんかに?」


シャルタンは死喰い人を快く思っていない。それは、彼も偏見差別を嫌っていたし、何の罪もないマグルを手にかけるというただの虐殺行為もあったからだろう。正義感の強い父が今も変わっていないと知ってどこか安堵した。


「……友達が、入ったから。」


我ながら子供のような理由だと思った。主体性のない、幼い考え。だが、それこそが己の道の全てなのだから仕方ない。シャルタンは少し強い口調でフーリンを諌めた。


「そんな理由で?それでは私は納得いかない。お前は人に流されるような子だったのか?いいかい?お前が入った死喰い人はマグルだからというどうしようもない理由で、平気で人を殺していく。傷つけていく。お前も吸血鬼の血が入っているからというだけの理由で散々傷つけられてきたんだろう?同じことを人にするのか?」


途中から、シャルタンの表情は悲しげなものへと変わった。娘が闇へと堕ちていくことを止められなかったことに対して責任のようなものを感じているのかもしれない。同じグリフィンドールだったからか、どこかその思想はリリーに似ている。間違いは間違いだと正そうとする。大切な人を光へと引き戻そうとする。


「……分かっているわ。どれだけ大層な理由を並べても、あの集団は間違っている。私の選択も、きっと正しくはないでしょう。それでも、私はあの人を……。」


“一人になんてできなかった”その言葉は声にはならなかった。自分まであの人を否定してしまったら、彼は壊れてしまうような気がした。一番愛し、一番認めてもらいたかった少女に否定され、拒絶され、更には彼女は嫌いな人間の元へと行ってしまった。彼の心にはどれだけ大きな傷がついただろう。


彼の愛情はやがて歪み、フーリンはその歪みを正すことができなかった。彼の純粋な想いを、どうして否定することができるだろう。彼はただ、彼女に見てもらいたかっただけ。たったそれだけ。それすら罪だと否定しなければならないというのか。


「フーリンは……その友達を愛していたの?きちんとした理由があったんでしょう?話してごらん。」


レヒテラは静かに、子供をあやすように聞いた。フーリンはゆっくりと、親友のことを話し始めた。思えば、フーリンはセブルスのことを両親に深く話したことはなかった。家にも呼びたかったが、セブルスは遠慮していたしで機会がなかった。


同じスリザリンであったこと。とても優しい人であること。彼に現在に至るまで恋心を抱いていること。でも、彼は現在まで幼馴染の少女を愛していること。そして、その少女のことを想うあまり道を過ってしまったこと。それを自分は分かっていながら止めなかったことまで。


「……私は、どうすれば良かったんだろう。何が正しくて、何が間違いだったのか分からない。でもこれだけは言えるわ。いつか殺し合い、どちらかが死ぬという結末が待っていると知りながら、私は何も言わなかった。結果的にセブを傷つけたのは私。セブに罪の意識を背負わせる原因を作ったのは私なのよ。私がもっと……強い心を持てば……。」


レヒテラは伏せていた目を開いた。紅い目は強くフーリンを見据えていて、真っ直ぐだった。


「それで、フーリンは今セブルス君を支えたくて、ホグワーツにいるのね?心までは闇に染まっていないのね?貴女も、セブルス君も……。」


こくり、と頷いた。フーリンをじっと見ていた紅い瞳は少し優しげに細められる。


「そう。よかった……心まで変わってしまったのかと思った。フーリンは私に似てるのね。愛する人には一直線。手段なんて選ばない……いいんじゃないかしら。きっと、セブルス君には味方が必要よ。」


レヒテラはそっと、幼い子供を相手にするようにフーリンの頭を撫でた。その手は温かくて、人のそれとなんら変わりはない。


「レヒテラ、しかし……。」


シャルタンはそれでも否定的だった。それが当然なのだと思う。しかし、死喰い人となり、闇の印を押されれば、闇の帝王からはもう逃れられない。フーリンも例外ではなく、彼女の左腰には印を押されている。


セブルスに寄り添うと決めた卒業のあの日、もう親に会うことなどないと思っていた。理解などされない、してもらおうなどと思う方が傲慢というものだ。身体は帝王に捧げ、心は優しき彼に捧げる。それが彼女の生き方なのだ。


「諦めなさいな。吸血鬼は人よりずっと粘着質で一途な生き物なのよ。我が娘はそれを色濃く受け継いでいるみたいだから。」


レヒテラは昔を懐かしんでいるのか、どこか遠くを見つめた。その発言にはどこか思うところがあるのか、シャルタンも苦虫を噛み潰したような顔をする。


「はあ……フーリンはセブルス君の目的であるハリー・ポッターを守る手伝いをするだけなんだよな?下らん純血主義の仲間入りをするわけじゃないんだな?」


「ええ。まあ、表向きはそちら側に入らなければならないのだけれど。」


シャルタンは念を押すように質問を重ねた。心配をしてくれるのは嬉しいが申し訳ない。いっそ、こんな娘は知らんと突き放された方が気が楽というものだ。だがシャルタンはそんなことはしない。絶対に見捨てない、どこかの漫画の主人公のような、正義感溢れる人だから。


それに、彼にはもう家族以外何も残されていない。家からは勘当され、友人は疎遠になった。それでもレヒテラを選んだというのは本当に彼女を愛しているということの紛れもない証拠である。おまけに、嫁と娘が傷つかないようにと人との関わりを絶ってきたというのだから尊敬に値するレベルである。


「そうか。何かあればすぐに私に言いなさい。小さなことでもいい。私はいつだってフーリンの味方だ。力になるよ……。」


そう言いながら、やっとシャルタンは表情を緩めた。レヒテラも冗談めかして続ける。


「いい?フーリン。セブルス君はその幼馴染ちゃんのことを好きなのかもしれないけど、今傍にいるのは貴女なんだから、ものになさい。最悪押し倒して既成事実を作れば問題ないわ。」


「おい、フーリンに余計なことを吹き込むな……。」


温かな家族水入らずの空間に、フーリンはほっと一息をついた。本当に何も変わらない両親。普通の魔法使いである父は見た目こそそれなりに歳をとったが、母は見た目すら若々しいままだ。父のように優しく正しくありたくて、母のように目的を遂げる心の強さと狡猾さが欲しかった。


相反するその二つはどちらも強さの象徴で、互いに欠けている部分を補うことで更なる力を見出すことだろう。己の力不足をはっきりと自覚し、フーリンは実家を後にした。
 

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