賢者の石

□八章
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十二月も半ば、ホグワーツは雪に覆われていた。身を切るような寒さに身体を震わせつつ、フーリンは朝早くからセブルスの部屋にきていた。


「スネイプ教授、オークスです。」


それだけ言えば、扉の鍵はガチャリと音を立てて開く。


「こんな時間から何の用だ。」


不機嫌そうな青白い顔に睨まれつつもいつものソファに座る。


「何の…というかハリー達がちょっと。」


“ハリー”という単語に、セブルスは律儀にも紅茶を入れながら片眉を上げた。フーリンは温かい紅茶を手渡され、受け取って一息つく。今日の茶葉はキャンディーである。やはり、というか砂糖の量が上手い具合に調節されていた。フーリンの好みピタリである。


「また何かやらかしたのか英雄殿は。」


「まだやらかしてないけど…これからやらかすかもね。三人は随分とニコラス・フラメルに興味があるようだから。」


セブルスの眉間の皺が増える。何故止めないんだと文句を言いたげだ。


「この前も言ったでしょ…若さには勝てないわ。」


そう彼女が言えば、セブルスもそれ以上は何も言わない。どれだけ止めようとしても当の本人達にその気がなければ一切意味はないことは分かっている。


「ハリーとロンは休暇中帰らないみたいだからずっと図書館で調べてるかもね。あーあ…ハグリッドがフラメルのこと言っちゃうから。」


「……図体ばかり大きくても脳みそが備わっていなければ何の意味もない。役立たずめ。」


二人で愚痴を言っても仕方ないが、言いたくもなる。状況は着々と動いているのだから。


「ねえ、セブ。そういえばクィリナス・クィレルってもしかして同期じゃなかった?スリザリンではなかったと思うけど。」


ふ、と思い出したようにフーリンは言った。


「ああ…たまに図書館で見かけたな。お前は確か話していなかったか?」


セブルスに言われてフーリンは遠い記憶を呼び起こす。そういえば、あれは…。


「ああ!マグル学に熱心だった!ターバンつけてないしどもってなかったから一致しなかった。」


疑問が解消し、フーリンは少しスッキリした顔になる。が、セブルスは渋い顔だ。


「同期だろうが何だろうが奴は間違いなくあちら側だ。油断はするな。」


「分かってるわ。彼、あの人の復活を狙ってるのよね…恐らく近々の復活は免れない。さ、私はもう一度あのお方側につかないとかな?」


セブルスは益々嫌そうな顔になる。それが嫌悪感からではなく(多少はそうかもしれないが)心配からきているのだと分かるフーリンは自然と笑みが零れてくるわけで…。


「大丈夫よ多分。どれだけ大きな目的があっても、命がなければ為すことは叶わない。私は一度裏切りがバレているから、余計に狙われるでしょう。だったら仲間のフリをするのが懸命だわ。」


「フーリンまで二重スパイをする気か。」


「そうよ?裏切りの過去がある以上、貴方より深くあの人の信頼を得なければ……大丈夫。セブは自分の心配だけしてなさいな。」


お互いに身を案じあっている。その姿は今も昔も変わらない二人。変わっているのは立場だけ。そんな二人だけの空間はとても和やかで、ロンやハリーからは想像もつかないだろう。これこそが、長年友人として付き合ってきた絶対的信頼関係なのである。


「さーてそろそろ戻らない……っ。」


寮に戻ろうと腰を上げた彼女は苦痛に顔を歪めた。別にぎっくり腰とかではない。苦痛は身体の奥底から湧き上がるもので、定期的に彼女を苦しめる……吸血衝動だった。


セブルスは即座にそれに気づき、いつもは絶対に晒さない腕を黒衣から出した。


「飲め。」


短い一言。紅い瞳へと変わった少女は彼の腕をためらいがちに取った。甘い空気がセブルスの鼻につく。吸血鬼は甘い空気で異性を惑わす。それでも、セブルスは今まで彼女の吸血衝動時にすぐ血を与えていた為、惑わされたことはない。


それでも、たまに理性が崩されそうにはなる。眩暈と共にくる情欲的感情は、普通の人間には抗いがたい。それが錯覚だと分かっていながら止められない欲が襲ってくる。勿論彼女には一切そんな気はない。彼女にとっては食事をしやすくする為に身体に備わった機能でしかないのだから。そう、蛇が獲物を捕らえやすくする毒のように。


少女は男の腕に牙を突き立てた。鈍い痛みが男を襲う。軽く顔をしかめた男に気付いた少女は申し訳なさそうな顔をして男の腕を伝う鮮血をその舌で舐め取った。衝動の苦痛のせいで息の荒い少女。その吐息が腕に当たり、熱い舌は男の腕を生々しく這う。


長いような短いような時間が過ぎる。彼女の瞳が元の色に戻れば、甘ったるい空気もなくなり普段のどこか和やかな空気になる。お互いに軽く身なりを整えたらフーリンはセブルスを見据えた。


「ごめん。ありがとう。」


「……放っておいても面倒なだけですからな。」


いつも通りすぎる“スネイプ教授”の姿に、彼女は笑う。突き放すような言い方が心地いいと感じるのはどこか不思議だ。それでも…。


(おかしいとか、狂ってるとか…今更だわ。)


自分も大概歪んでいると、彼女は思っている。他人から見れば重すぎる程の彼への愛情。彼女からすればそれが“普通”なのだ。彼女はこれ以外の恋愛感情的な愛を知らない。彼女は彼の全てを肯定するし、世界が彼を間違いだとするならば、それは世界が間違っているのだと考える程だった。


「じゃあ、またねセブ。」


彼女はそんな狂気的なまでの愛を今の今まで本人に隠している。それは一生開け放たれることはないと、彼女は思っていた。かの有名なパンドラの箱のように、開けてはならない禁断の箱。彼女なりに、その感情は一度解放してしまえばもう二度と箱には戻らないと理解していたし、その危険性も理解していた。だからこそ…。


(閉心、閉心……。)


彼のようにポジティブな感情全てを殺すことはしない。封じ込めるのは己の中のドス黒い大きな愛だけ。もくろみだけ。それだけでいい。


もう少しで起きだすだろう同室の少女達を一瞥し、フーリンは自分のベッドに潜り込んだ。
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