アンドロイドになった日
□七匹目
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遠足の朝は早い。無駄に早い。
千里は昨晩もぐっすりだった為、まぁ寝坊をした。
だがしかし、一応遅刻はせずに済んだ。だてに女子高生をやっていたわけではない。
ただ、全校のロボットが集まっている中を歩かなければいけなかっただけで。
(なんだこの公開処刑は!?)
いそいそと人の間を縫うように歩いていく。
ヒソヒソと陰口が聞こえた。
「あれが問題児クラスに新しく入った子か。なんだか鈍くさそう」
「ピッタリだよねぇ」
「ほんとほんと。周りのクラスに迷惑かけなければいいけど」
クスクスと嘲笑う声。とても不愉快だったが、遅刻ぎりぎりの分際では何も言えないので、その場は黙ってドラえもん達の元へ急いだ。
「千里!遅かったね!心配したよ」
「ごめんごめん。いや〜ぐっすり寝ちゃったらなかなか起きられなくてさ」
はははと笑って誤魔化せば、ドラえもんは「心配して損したよ……」と呆れている。
全員集まったからなのか、学校恒例の校長先生の話が始まる。
勿論そんなもんは誰一人として聞いちゃいない。
千里は先程言われたことを思い出していた。
“問題児クラス”
それは一体どういう意味なのだろうか。
確か、最初にこのクラスに入れられた時、校長に特殊とかなんとか言われたような気はしたが……。
「ねぇ、マタドーラ」
近くにいたマタドーラにコソッと話しかけた。
「ん?」
声を潜め、顔を突き合わす。お互いの息遣いすら分かるそんな距離だった。
「あのさ、私達のクラスって……何か他のクラスと違うの?」
そう聞くと、マタドーラはどこか悲しげに声を落とした。
「あ……あ。知らなかったのか。まぁ、その……俺達のクラスは少し事情持ちが集まるんだ」
「事情……?」
マタドーラはそれ以上は何も言わなかった。
千里もこれ以上聞く気にはなれなかった。
マタドーラの顔がいつもの自信に満ちたドヤ顔ではなく、真逆の……自信のない、捨てられそうな子猫のようだったから。
聞くべきではなかっただろうか。
これは千里個人の意見だが、今いるクラスは特に問題があるようには感じなかった。
少々不器用だったり、失敗が多かったり、学生あるあるの居眠りや内職があったりしていたが、そのくらいあった方が人間らしくて千里は好きだった。
何がダメなんだろう。
陰口を叩いていたクラスも同じように遠足に行く。
(何もなければいいんだけど……)
さて、校長のつまらん話が終わり、目的地の炎陽公園へと向かう。
どこでもドアという便利道具があるというのに、移動はバスらしい。
大型のバスが沢山準備され、そのうちのひとつが千里のクラス用だ。
千里の隣はマタドーラで、先程のこともあり少々気まずかった。
「マタドーラ……?」
「ん?なんだ?千里」
マタドーラはぱっと笑顔を作ってくれたけれどぎこちない。
「あのさ、変なこと聞いてごめんね」
「いや千里の謝ることじゃねぇよ」
気にするなと言ってくれたが、恐らく気にしているのは千里よりマタドーラの方だろう。
事情持ちが集まるということは、マタドーラにも何かしら事情があるわけで、きっと千里はそれを思い出させてしまったのだ。
それが凄く申し訳なくて、でもなんと言えばいいのか彼女には分からなかった。
気まずい沈黙が二人の間を支配した。
それを壊したかったのだろうマタドーラが口を開く。
「千里は……どうして俺達のクラスに転入して来たんだ?」
何かを探るようなマタドーラの視線。
でも、すぐに言葉を付け足した。
「……言いたくねえなら言う必要はねえよ。誰にだってそういうことはあるんだ」
“俺にも”
今の言葉にはきっと最後にこの言葉が入る。
千里は言うべきか迷った。
まさか別の世界から突然来て、行く宛てもない自分を寺尾台校長が寮に住まわせてくれ、(ありがた迷惑だと思ったが)学校にも通わせてくれた、だなんて。
もし自分が誰かに言われても信じかねる。
しかし、ドラえもんズになら……彼らになら言っても大丈夫な気がした。
言ったところで別に何か変わるわけではないけれど、やはり信頼関係は腹を割って話すことからではないかと思った。
折角できた友人だから、もっと相手のことを知りたい。そのためには自分のことを知ってもらおう。
ただ、そのことを話すにはこのバスの中は騒がしすぎる。
「ううん、教えてあげる。私がどうしてこの学校の、マタドーラ達のクラスに来たのか。だからさ、そしたらマタドーラ達も話してくれるよね?」
マタドーラは驚いたように目を見開いた。
そして、「取引なんてなかなかいい性格をしたセニョリータだな」なんて言いながら了承してくれた。
二人の間の重苦しかった空気はなくなり、いつもの緩いものへと変わっていく。
「さ〜て、しばらく移動だし」
「寝る?」
「よく分かってるじゃねぇの」
「私も寝る〜」
周りが騒々しく歌やらゲームやらをしている中、マタドーラはヒラリマントをかけ、千里は持参したアイマスクをつけて深い眠りについた。