アンドロイドになった日
□五匹目
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午後の授業もどうにか終わり、千里は手早く荷物をまとめた。
先程放送が入り、校長に呼ばれている為である。
校長室へと続く廊下をぱたぱたと早足に進む。
一体何の用事だろうか。
まさか帰る方法が見つかったとでもいうのか。
だとしたらありがた迷惑である。
元の世界に戻れば、千里はまたテストに苛まれる。
だったらまだこちらの世界の学校に通った方がマジだった。
校長室の扉をノックし、返事を確認してから入った。
「お〜来たか」
相変わらず輝いている頭と笑顔が出迎えてくる。
「帰る方法が見つかったんですか?」
心底嫌そうに聞く。
校長は呆れたように口を尖らせた。
「家に帰りたいという気持ちはないのかね。全く……ご両親が泣いとるわい」
「出来の悪い娘が消えて清々しているという可能性も無きにしも有らず……ですよ?」
「そんなわけあるかい!……まぁいいわい。今回君を呼んだのはこんな言い合いをする為ではない。君の身体のことじゃ」
つかつかと千里に歩み寄り、校長は千里の顔を思い切りひっぱたいた。
「いたっ何す……すみません嘘ですあんまり痛くない」
反射的に痛いと言った千里だが、痛みはそこまで感じなかった。
本当に感じない。
だが逆に……校長の手は赤くなっていた。
「ふむ……千里よ。君はロボットなのかね?」
確かめるように千里を見る。
千里は頬を掻きながらおかしいなぁと首を傾げた。
「私自身は人間だと思ってたんですが……捻挫とかもしたことあるし……」
血だって出るし、まず確かに人間である両親から生まれた……はずなのだ。
難しい顔で考え込んでしまった校長。
千里もない頭で何がどうしてこんな頑丈な身体になったのかを考えるが、原因はひとつくらいしか思い浮かばない。
「あの〜もしかしなくても私、この世界に来てからロボットになっちゃいました〜とか?」
な〜んてあははと笑い話にしたかったが、校長は頷いてしまう。
「それしか考えられんのう……すまんがどのようにしてなったかはわしにも分からん。何より、そこまで完璧な人型のロボット……いや、むしろそのクオリティならアンドロイドと呼ぶべきかの……アンドロイドはこの世界でもできておらんのじゃ。できてもどこかしらに違和感や欠陥が生じる。……さすが、ここに来るまでは人間じゃったということか」
感心しながら、でもどこか悲しげに校長は言った。
アンドロイドから人になんてきっと戻れはしない。
それを思っての表情なのだろう。
千里は自分の手を見た。
見慣れた自分の手。
そこにはなんら変わりがあるようには見えない。
手触りだって、肉質だって人そのもので、言われなければアンドロイドだなんて誰も思わないだろう。
でも、確かに千里の身体は人ではなくなった。
少なからず動揺はしたが、それによって明確に不便が生じるわけでもない。
むしろ、怪我や病気にならなくて良いかもしれない。
ただ、“死ぬ”という権利を奪われただけだ。
故障はあるかもしれない。
でも故障と死はやはり違って……千里はそこだけが少し、つらかった。
「用件はそれだけじゃ。悪かったのう呼び出して……」
「いえ、来た時から痛覚とかが鈍っていたのが気になってたので丁度良かったです。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて退室した。
人間のままの心だけが鈍い痛みを訴える。
寮に帰る途中の道は、どこか違った感じがした。