私と貴方とあの子と彼
□八乱
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いつもの朝だった。私はいつものように身支度を済ませて卿達と共に食事を摂った。そう、いつも通り。
「メタナイト卿!魔獣が!」
フームが息をきらせながら部屋にくるまでは、だけれど。
「何?」
卿は冷静に、フームに次の言葉を促した。
「熊のような姿で、カービィに襲い掛かってきたのよ!とにかく早くきて!」
フームはごく自然に卿の手を引いた。たったそれだけのこと。それなのに、私の中の真っ黒な感情が顔を覗かせる。
“渡さない”
そう囁いたのは、きっと私の中の黒い私。フームはきっと純粋にカービィの危機を知らせにきただけだろうに。分かっていても、止められなかった。
私はすっと、何事もないかのように席を立ち、ごくごく自然に卿の手を掴んでいるフームの手を外した。
「卿はお忙しいでしょう。私が代わりに。」
にっこりと気味悪さすら感じさせる笑顔を貼り付け、自分より少しばかり小さいフームを見下ろした。
フームは少し戸惑いながら、「でも、メタナイト卿の方が」などもごもごと口ごもっている。その様子を内心イライラしながら私は更に追い討ちをかけた。
「私では力不足だとおっしゃいますか?」
フームは咄嗟にそんなことはないと言った。そのやりとりを、卿はいつもの無表情で見守っているが、このままでは本気でカービィが危ないと悟ったのかようやく口を挟んだ。
「確かに私にも少しばかり仕事がある。では、ダークを代わりに連れて行くといい。」
その卿の台詞に、のんびりと様子を見ていたダークが顔を顰めた。
「ああ!?なんで俺が…関係ねえだろ。」
「いいのか?カービィはシャドーの……。」
ダークは更に顔を顰める。何か、苦虫でも噛み潰したような。チッっと小さく舌打ちをして、その黒い彼は立ち上がった。
「……行くぞ。」
やれやれと、不機嫌さを隠しもせずにダークは大股で部屋を出た。私とフームもそれに続くようにして部屋を出る。フームはどこか納得がいかないような顔をして、名残惜しそうにチラチラと後ろの卿に視線を送りながら……。
城の廊下に出ると、確かに騒がしかった。ワドルディ達のドタバタと走り回る音。何か(恐らくフームの言っていた魔獣だろうが)が雄叫びを上げている音。
「姉ちゃん!!」
廊下から魔獣がいるであろう場所に向かう途中ブンに会った。ブンはフームに駆け寄り、カービィのいる方へと彼女を引っ張った。
私とダークはそんなブンの後について行く。たどり着いたのは城の中庭。噴水は壊されており、水が地面に吸い込まれていく。
熊のような姿とはよく言ったもので、本当に大きな熊そのものだった。黒茶色の剛毛そうな毛に覆われたその魔獣は目を金色に光らせ、力任せに周りの物や人に襲い掛かっているように見えた。
もしかしたらこの魔獣、頭は悪いのかもしれない。カービィ単体を狙っているようには見えないからだ。まあ、それはそれで迷惑この上ない話なのだが。
「あれ?メタナイト卿じゃない……?ダガーとダーク?いや、誰でもいいや!カービィには大きすぎて魔獣を吸い込めないんだよ!頼む、なんとかしてくれ!!!」
懇願するブン。フームもこちらに視線を向け、眉尻を下げた。
「カービィも皆を守ろうと必死に吸い込んでいたんだけど、体格の差があってどうにもならないの。どうにかならない?」
「……大変失礼ですがフーム様、どう考えても魔獣を吸い込むことが不可能であるなら別の何かを吸い込ませて能力を発揮させれば良いのでは?」
私の言葉に、彼女はハッと目を見開いた。
こんな簡単なことにも気づかないなんて勘弁して欲しい。
「……なら、俺の剣でも吸わせてみるか?」
聞いていたダークが腰に差していた剣を差し出した。ギャラクシアのような神聖な輝きはその剣にはない。
その代わりに、どこか禍々しさを感じる。そんな剣だった。
「……そうしますか。ダーク、すみませんがそれをカービィに向かって投げて下さい」
ダークは頷き、カービィへと向けて真っすぐに剣を放った。
「カービィ!吸い込みよ!」
フームが指示を出し、カービィは口を大きく開いた。周りの草などと一緒に、ダークの剣が吸い込まれていく。ごくり、とカービィが剣を飲み下すと、彼は空中でくるりと回った。緑色の帽子を被り、手には剣を持っている。
「ソードカービィ!!」
フームの嬉しそうな声。
少しキリリとした表情になったカービィは早速反撃に出た。その小さな身体を生かし、大きな身体の熊魔獣を翻弄する。
そして、ぱっと上にジャンプをして熊魔獣の脳天に剣を……突き刺した。
ボロボロと崩れていく魔獣。
カービィはまた元の姿に戻り、剣を持ってちょこちょことダークの元に歩いてきた。
「ぽよ!」
「……ああ」
きっとダークには言葉は分からないだろうけれど、なんとなくニュアンスは伝わったみたいで、一生懸命差し出してくる剣を受け取った。
「あれがシャドーの……無邪気なもんだな」
そう呟いて、ダークは目を細めた。私は“シャドー”が誰かは知らないが、きっとダークの大切な人なのだろうと思う。
だって、ダークのこんな優しい表情は初めて見たような気がしたから。
「終わったようだな」
どこからか卿が現れてきて、満足げに言った。
「メタナイト卿!……来るなら最初から来てくれれば良かったのに!!」
フームは口調では怒りながらも、卿が来て嬉しそうだった。
「まぁそう怒るな。カービィはまた星の戦士として成長できたんだな」
穏やかに言う卿に、フームは誇らしげだった。
吸い込みの指示しかしていないくせに。
二人が会話をしているだけでも不快で、イライラして、今すぐにでも二人の間に無理矢理割り込みたくなる。
そんなことをしても訝しく思われるだけだと分かってはいる。でも、それでも……。
卿の隣は私の定位置だったはずなのに。
「おい」
卿より少し低い声が隣で響いた。
「……なんです?」
「顔。人でも殺しそうな顔してるぞ」
「……それができれば簡単なんですがね」
おいおい、というようにダークが見てくる。本当のことを言ったまでだ。
「そんなにあの堅物がいいかね〜」
「……卿を愚弄するなら容赦しませんよ?」
腰から短剣を抜いて見せれば、ダークは溜息をついた。
「メタナイトのどこがそんなにいいんだよ」
「強いて言うなら全てです。強く、凛々しく、美しい。才色兼備とはまさにあの方の為にある言葉です」
うっとりとしたトーンで言った。そう、だからこそあの方に一生ついて行こうと決めたのだから。
「ふーん……ま、望みは薄そうだけど」
その言葉を最後に、ダークは城へと戻って行った。
言われなくてもそれくらい重々承知している。
特にこのププビレッジに来てからは……。
未だに話し込んでいる卿とフーム。
入り込めない私。
ああ、全く。負け戦もいいところだ。
自嘲的な笑みしか浮かばなくて、どうすればいいかなんて分からない。
ただ私は、愛する人に背を向けることしかできなかった。