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□・その笑顔も
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僕はおかげでこうして君に手を合わせることもできるし、海にだって変わらず出掛けられる。
君が消えた空は、代わりに見上げられなくなったけど。

いっそ雨でも降ればいいのに、不思議なことに、君の所に来る日はいつだって空は晴れるんだ。


また、風が吹いた。
僕は立ち上がる。
君に背を向けたくなくて、だから歩き出せなくて、困った。

仕方なしに右足を後ろに引く。左足をそれに揃えて、君がいるはずの石を視界に納めてみた。
白い花が寄り添う君。
きらきらと、幸せそうな顔をして笑う君。
石と君の残像とを重ねて辿って、そうしてみたって、失ったものの大きさは計れない。

不意に、ぽつりと頬に当たるものがあった。
撫でると水滴が僅かに指に移る。


雨だ。


思わず空を見上げた。
君がいなくなってから、初めての空だった。

ぽつり、ぽつり。

雨粒が空から落ちてくる。
次第に数を増して、落下の筋が線として瞳に映ってくる。
もう、目を開けているのが辛い。

不思議な気分だった。
君といるのに、晴れていない。笑っていない。


ぽつりぽつりぽつり。


温かい感触が頬を伝った。

それが僕自身の涙だと気付くのに、少し時間がかかった。


失ったものの大きさは、計れない。


君が大事だった。
心から、大事だった。

こうしていたって君は帰ってこないし、きっと悲しみは癒えない。
わかっている。
わかっているけど。

後から後から、涙が溢れた。
視界がぼやけて何もかもが輪郭を失った。

墓石の前に、僕は崩おれた。


思い出は綺麗じゃない。
時にナイフのように、僕を切り裂いて苦しめる。
優しいその切れ口から溢れたのが、この涙なんだ。


それでも、決して忘れたりしない、と。

ようやく口にして、君の為に僕は祈った。
雨音が僕を包み込んで、やがて空気と同化して聞こえなくなるまで、ずっと、ずっと、祈った。



end.

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