愛と嘘と白紙の台本
□第九話 天才も、鏡に映るカナリアをみて歌うことは出来ない
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「この一週間、いろいろなことがあったような気がします」
「気がするなら、なかったかもしれないよ」
「では、ありました」
「そう」
背中にトキヤのぬくもりが重なった。お腹にまわった大きな手に気をとられながらも手元のフライパンから注意をそらすことはない。スクランブルエッグの中にいれたウインナーの色がピンクから茶色に変わり、お皿に写そうとした私の手を奪い、正面から抱き締めてきたトキヤの名前を呼ぶ。
以前にましてトキヤは私への愛を隠さなくなった。周りに人がいれば“ただの幼馴染み”を演じる。だけど二人きりになれば私とトキヤは恋人も同然だ。
歪な関係だ。わかっているけれどもう戻れない。私には薫くんも、トキヤも、どちらか片方を選んで片方を失うことなんて出来るわけがなかった。
「レボリューションを起こすと、ある人に約束したんです」
「レボリューション...、つまり、革命?しかも...ある人?」
「ええ。私たちの社長です」
「あの変わった人。でもなんで革命なの?」
朝食に、と作ったスクランブルエッグが冷めちゃうな、と頭の片隅では思ったものの、トキヤに引かれル手を拒むことはない。ソファーに導かれ、座らされた私の隣にトキヤも座る。
「“Super Star Sports”のオープニングアーティストの選考ライブに出るためです。今の私たちでは事務所の先輩方には勝てません」
「嶺二さんたち?」
「はい」
「その、スーパースタースポーツ...だっけ、薫くんたちがでるって高きーー...ん、」
いつになく強引に重ねられた唇から伝わる熱に一瞬でも私はすべて預けてしまいたいと思った。急かすように髪に触れた手が首に、腕に、太ももに、と流れていく。その触れられたすべての場所が熱を持っていき、私もトキヤの身体に指先を当てた。
「貴女が大野さんのことを私と同じくらい、いえ、それ以上に好きなことはわかっています」
「トキヤ、私はーー」
「だけど私と二人の時ぐらい、私のことだけ見て欲しい...私のことだけ応援して欲しい...、考えて欲しい。そう思うのはおかしいですか」
私が好きだとトキヤの全身から伝わってくる。同じくらい私も好きだとトキヤに伝わっているのだろうか。
トキヤは間違っている。私は薫くんと同じくらいトキヤが好きだ。もしかしたらそれ以上に幼馴染みという上乗せがあるトキヤの存在は私の中でおおきなものだ。だかはこそ痛い。そして苦しい。
「...おかしくない。私だってトキヤに私以外の子と寝てほしくない。名前を呼んでほしくない」
「貴女には私だけではないのに、ですか」
「そうだよ」
「ずるいですね」
「狡くてもいい。私はトキヤが好きなの」
今度は自分からトキヤにキスをした。心臓の音が煩くて、何度もしてきた行為なのに自分からしたくてしたのはこれが初めてだと自覚したとたんに顔に熱が集まっていく。
「好きだよ」
「夏瑪...、」
「好きなの、トキヤ」
「泣かないで、くださいよ」
「ごめん...なさい」
「夏瑪」
「気づくの、遅くなって、ごめん」
もしも、私が薫君の彼女でなければ。私たちが幼馴染みでなければ。トキヤがアイドルではなかったら。
たくさんの“もしも”が浮かんでは消えた。私たち私たちだから惹かれあった。そして許されないこの歪にはまっているのかもしれないと思う。
「お願いが、あります」
「なに?」
「夏瑪だけはーー」
どうか最後まで私だけの味方でいてくださいーー
そういったトキヤに偽りの仮面に苦しめられていたかつてのトキヤが、そして今も泣いているピエロの仮面を被ることでしか自分でいられない私が重なった。
Ich Fortsetzung folgt……