愛と嘘と白紙の台本

□第七話 蜂の羽音は甘美なワルツに変化する
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翌朝、私はテレビの音で目が覚めた。といえばきっと半分嘘になってしまう。二度寝して、三度寝して、久しぶりにこれ以上寝れないかもしれないと思えるほど眠ったあと、ようやくテレビの声が耳に入ってきた。

《続いてのニュースはこちら!朝から大騒動となっているクリプレ...ーー》

マスコミという人種を一言でいうなら“噂好き”もう一言付け加えるなら“恐ろしい情報網”。彼らはどこから湧いてくるかわからない、なんていったら夏場に水気のあるところに湧いてでる虫のようだけど、実際代わりはないと思う。マスコミは私たちにとって時に大きな助力となり、時に大きな恐怖になる。誰かはそんなマスコミを「両刃の剣だ」といっていた。
たぶん朝から嬉々として瞬くんと茉莉ちゃんの恋愛報道をするテレビをみていつもならため息をついていたはずだ。だけど今の私にそんな体力はなくて、その言葉通り柔らかいベッドの上にただ横になっている。熱を出した時とはちがう怠さが私を包み込み、気力というものをすべて奪ってしまったようだった。

「時々心也くんが何をしたいのかわからなくなる」

「...私にはよくわかりませんが。なにか考えがあるのでは?それより身体は大丈夫ですか?」

「あの人、秋のこと大好きなくせに、あんなに楽しそうに演奏してるのに...矛盾してるって気づいてるのかな」

「さぁ。まるで昔のレンのようですね。あぁ、水いりますか?」

「スポドリ...冷蔵庫に入ってるから」

「わかりました」といって隣の部屋にある冷蔵庫に向かったトキヤの背中を見つめて私は今度こそ深くため息を吐いた。あの車の雰囲気で薫くんを自分の家にあげる気にはならなかった。かといって一人になるのも嫌だった。
ーー私、なにしてんのかな
トキヤは大切な幼馴染みだ。私にとって彼はそれ以上でも以下でもない。だけどきっとトキヤからしたら私はただの幼馴染みではない。その気持ちを知っているからこそ私は彼を呼び、心に空いた穴を埋めるように関係を結んでしまう。最低なことだとわかっている。私がしていることを薫くんだってきっと気づいている。だけど気づかないふりをしてくれている彼に甘えているのも、本当は全部わかっている。それでも何一つ変えられないのは私が弱いからだ。いつだって原因は自分にあった。

《実はクリプレの坂口瞬さんは老舗洋菓子の御曹司なんですよね》

《それにしてもお母様おキレイですねー》

《あれ?木戸久美子さんってしらない?人気モデルだーーッブチ!》

無償に苛立ってきて、べつに自分とはなんの関係もないのにアナウンサーが気にくわなくて、リモコンに手を伸ばしてテレビの電源を消した。静寂に包まれた部屋に入ってきたのはスポドリが入ったコップを二つお盆にのせたトキヤだった。

「やけに不機嫌ですね」

「...そうみえる?」

「ええ。酷いですね、夏瑪が呼び出したというのに。私と朝を迎えたのがそんなに嫌ですか?」

「今さら何いってんの?つーか、嫌なら来なければよかったのに」

「私が断るとでも?」

近づいてきた唇を拒絶する理由は思い当たらなかった。トキヤの朝特有の冷たい唇を受け入れ、それとは反比例するように熱を持った舌で口内を掻き回されることを許した。部屋に響く音は昨日の夜とまったく同じものだ。

「...ピアス、あけたいなぁ」

「突然ですね」

「だって運命変わるんでしょ」

「知りませんよ」

あれだけ怠くて動きたくないと思っていたのにいざ起きてみると案外身体は辛くなかった。用は気持ちの持ちようだったのか、となぜか落胆する自分がいたから不思議だ。
トキヤの手からスポドリを奪い、一気に飲み干してからシャワーのあるお風呂場へと足を向けた。背後でトキヤがベッドに倒れ込んだのが見えたけど振り返ることはしなかった。
部屋にかかる時計はもうお昼を過ぎようとしている。なんとなく、本当になんとなく開いたケータイに入っていたメッセージに私は気付けば呼吸を止めていた。

“ナツメ、瞬と秋を頼む”

命令ではない。だけどどのみち自分には存在しない拒否権の効かない内容のメールに自然と視界は霞んでいった。「私は、道具じゃない...、」その言葉は誰にも届くことなく広い部屋に消えていった。


Ich Fortsetzung folgt……
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