愛と嘘と白紙の台本

□第六話 腹を空かせた蝶は時に天敵である蜘蛛すら餌と見る
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マッシュの家にたどり着いた次の日、私は収録スタジオを忙しく動き回っていた。こまめに鏡をみて汗をチェックするのは忘れてはいけない。
毎週金曜日の夜に放送される人気番組、Mステーションの司会に抜擢されたのは紛れもなく自分の実力だと思っている。努力の結果に手に入れた地位だ。本音を言えば紹介されるアーティストとして出演したかったけど、人気アナウンサーを押さえてこの役目をもらっているのだからそれはそれで名誉なことだとも思う。
緊張して少しだけ神経質になっている茉莉ちゃんの楽屋を高樹さんと入れ替わりで後にした私はそっと息を吐き出した。生が大嫌いな茉莉ちゃんが生の代名詞のこの番組に出るってことはかなり追い詰められているということだ。今回出した失恋ソングの売りゆきは思ったように延びなかったのだ、と聞いた。それどころか最近茉莉ちゃんの曲自体の売り上げが落ちはじめているという噂もある。25歳、「高音を誇る歌手としてもあいつはまだまだ利用できる」「活躍できるはずだ」、と高樹さんは言う。歳と共に失われていく高音を茉莉ちゃんはどう考えているのか。私なんかにはわからない。
“ST☆RISH 様”と書かれた楽屋の扉の前で足を止めた私は握りしめた手でその扉を三回叩いた。中から聞こえて来た明るい声は音也くんのものだった。

「おはようございます!今日はよろしくお願いしますーっ」

「ナツメ!?」

「うわぁ〜!わざわざ来てくれたんですか〜?嬉しいです〜っ」

トキヤからST☆RISHの話はよく聞いていた。だからドアに一番近いところに座ってる金髪の男の子が来栖翔、その隣にいるのが四ノ宮那月、日本茶をすすっているのが聖川真斗、彼の向かいでスマートフォンをいじっている人が神宮寺レン、音也くんの隣にいるのが愛島セシルだと会ったことはなかったけどわかった。
見たところトキヤの姿がないけれど、トイレにでもいっているのだろうか。鏡台の上で手をふった音也くんに聞いても「さあ、俺たちになんも言わないで出てっちゃったんだ」といって申し訳なさそうに眉を下げた。

「あ、いいの。今は挨拶に来ただけだから」

「はは、嬉しいなぁ。こんな可愛いレディーに来てもらえるなんて。オレたちも少しは有名になったってことかな?」

「このグループはデビューのときなら有名ですよ!」

「それは、光栄だ」

立ち上がり、私の手の甲にキスをした神宮寺くんたしかひとつ年上だったはずだ。芸能人としては私のほうが先輩だけど、仕草の一つ一つが出来上がっていてすべてにおいて彼のほうが“年上”なのではないか、と錯覚を感じてしまう。

「神宮寺、貴様はまたそうやって...、」

「おっと聖川。レディーの前だよ」

「くそ...ッ」

「まあまあ、真斗とレンもその辺にしとけって、な?」

賑やかなグループ。それがST☆RISHの第一印象だった。
仲のいいグループをみるとどうしても自分の昔を思い出してしまい、胸が苦しくなってくる。だけどそれをいちいち気にしていてはここの司会なんか勤まらない。鈍らせた感覚で、うっふらと感じる感情に蓋をして、笑った私はまるでピエロのようだ。
結局トキヤには会えずじまいのまま私はST☆RISHの楽屋を後にした。開いたケータイには珍しくシバケンさんからメールが入っていて、『今度Mステーションに出ることになった!気分がいいから今日の放送をみてやるからしっかりやれよ』となんとも上から目線の内容にうちそうになった舌打ちを呑み込んだ。今は“ナツメ”だ。公衆の面前で醜態はさらせない。
素直じゃないシバケンさんとトキヤにメールを送り、冬子狼の事務的なメールと秋の長短文メールに目を通してから私は少し離れた場所にあるクリュードプレイの楽屋に向かった。今日、彼らのプロデューサーである秋は来ない。だけど秋の“ワガママ”で彼らの新曲がテレビで初放送される。

“カノジョに打ち明ける”

たった一言のメール文に送る言葉は思い付かなかった。だけどその文だけで秋の気持ちはなんとなけだけど伝わった。
ーー秋は本気でマッシュに向き合おうとしている
楽屋をノックしながらどうか今日の収録が無事に終わればいいと願った。だから私はポケットでケータイが震えたのを知っていて、気づかないフリをした。
それがあの結果に繋がったと私が気づくのはまだ先の話だ。


Ich Fortsetzung folgt……
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