愛と嘘と白紙の台本
□第三話 別れは突然のようで必然の理
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アキから電話があったのはトキヤの住むマンションを出て、冬子狼を呼び寄せてモデルの仕事を終えたときだった。下着姿で取った電話口からは「僕は昔ながらの“もしもし”を支持するっていってるよね」という声が聞こえ、いつもながらの切り出しかたに私もいつも通りの返しをした。
第一声に「新しい歌ができたの?」といった私の予想は真っ向から外された。別に期待していたわけでもないから落胆はしなかった。だけどしばらくアキが何をいっているのか理解できなかった。
「ごめん、もう一回言って?」
「だから、カノジョ。できた」
本当に言葉の意味を理解するのに数秒の時間が必要だった。ここが仕事場で、近くに誰もいない場所だったらまちがいなく私は叫び声をあげていたはずだ。だけどそれをしては誰かが駆けつけてきてしまうかもしれない。
理由を話すわけにはいかない。かといって驚かずにはいられない。
「...つまり、茉莉ちゃんと、別れたの?」
「茉莉とは最初からなんともなかったよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ」
これでは拉致があかないと思った。鋭く息を吐き出し、ハンガーにかかっている着てきた自分の服を手に取った。
アキは私に意味なく電話をしたりしない。それも本当に用があるときに限って彼はその用件を口にしない。
僕にプロデュースされてるんだから察してよ
と言わんばかりに無理難題を押し付けてくる。
無言の時間をここまで重苦しいと思ったのは久しぶりだった。「その子が可哀想だと思う」といえば「瞬にも同じこと言われた」と返される。その一言にやっぱりただの電話ではないと確信した。
「今日は薫君に会えると思ったのに」
「会えるよ。今日はクリプレはオフのはずだよ」
「知ってる」
ーーでも、用事できちゃったじゃん
電話は私から切った。終話を知らせる音が耳に響き、私は携帯をロッカーの中に突っ込んだ。アキからのかけ直しは数秒端末とにらめっこしても画面に表示されることはなかった。
ハンガーからワンピースを外し、ブーツをはいている足をそこにいれた。しゃがめば足の付け根が見えそうなくらいのスカート丈はこの時期にはまだ少しだけ寒く感じてしまう。
暖かい建物からでればそこはまだ少しだけ冬の匂いを残す寒空が広がっている。“春”なんて暖かそうなのは名前だけで、実際はちっとも暖かくない。それに私は「春は新たな出発」よりも「春は別れの季節」という言葉の方がしっくりくると思った。
「一人でいくべき...だよねぇ」
ワンピースの上に羽織ったパーカーから取り出したサングラスごしの世界はあっという間に茶色に染まった。まるでチョコレートの世界に紛れ込んだかのような視界にお腹がすくのは仕方ないと思う。だけどコンビニに入って騒ぎを起こす気力は今の私にはない。少なくとも自分が人気のある女優だという自覚は持っている。
冬子狼に迎えがいらないメールをいれ、薫くんに“急用が出来ちゃった”からこれからそこに向かいます”とかいたメールを送った。付属の画像にはまばらに雲の散らばる空の画像をつけてみる。
「藍くん?」
閉じようとした携帯に表示されたのは一件のメールだった。“美風藍”と、現れた名前に首をかしげたままボタンを押した。そうして現れた文章に私は緩んだ頬をそのままにわりかし早いスピードでキーボードを押した。
「...楽しみだなぁ、藍くんとの共演」
今度こそ閉じた携帯をポケットに突っ込み、少し先にいるタクシーに向かって手をあげた。向かう先はきっと塞ぎ混んでいるであろう彼女のいるマンションだ。
止まったタクシーに乗り込んだ私はサングラスを外すことなく目的地の近くを口にした。滑るように走り出した車の座席に背を預け、誘われるように瞼を閉ざした。運転手さんが心なしかラジオの音を小さくしてくれたような気がした。