愛と嘘と白紙の台本
□第二話 鳥は対の翼がなければ飛ぶことはできない
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食後にコーヒーを飲み、私とトキヤはお店を出た。トキヤも私も同じ寒色系のコートを着ていて、このまま闇に溶けてしまいそうだと思った。
あまり人通りのない道だ。暗闇のお陰もあって私たちに気づく人はまだいない。
「まだ少し寒いね」
「寒いのなら歩かずにあの人を呼べばいいのでは」
「そうなんだけど、今日は歩きたいの」
「まさか、来るときも歩いてきたのですか」
驚いた顔をして振り向いたトキヤに「そうだよ」といえば深々、といった感じにため息をつかれる。うつむいたかと思えば顔をあげたトキヤの唇に私は指を当てた。このままにしてこの後起こることなんてひとつしかない。
今度は眉間にシワを寄せたトキヤに私は眉を下げて笑って見せた。トキヤの説教は長い。長いですめばいいほうかもしれない。それほど長すぎるものだった。
「大丈夫だよ、どうせーー」
聞こえたのはシャッター音だった。だけどそこで振り替えることは私もトキヤもしない。私たちは駆け出しのアイドルでも、女優でもない。それなりにキャリアを積んでるプロだった。
こんなことテレビ業界に生きている人間でいればしょっちゅうだ。言い換えれば私たちにとって家にいない限り、生活のすべてが撮影現場だ。
「はぁ...、なにが大丈夫なんですか」
「私のなかのなにか」
「あの写真、売り飛ばされますよ」
「いくらかな」
「そんな悠長なことをいっている場合ですか」
「大丈夫だよ」
今度は何の大丈夫なのか私にもわからなかった。だけど少なくとも薫くんはたとえ週刊誌に私の恋愛スキャンダルが出たとしても多少荒く抱いてくるくらいで動じたりしない。もちろんその行為を動じているから、と結論付けてしまえばそこまでだ。
私だって別に薫くんの恋愛スキャンダルが取り上げられたって気落ちしたりはしない。噂が所詮噂でしかないようにスキャンダルの裏にある事実を知らずに騒いでも意味がない、と私はおもっている。
「ねぇトキヤ」
「なんですか」
「どうせならひとつスキャンダル、でっち上げておこっか」
上にあるトキヤの顔に手を伸ばした。すっかり冷えた私の指にトキヤの熱い指が絡まった。
「冗談がキツいですよ」
「本気だったら?」
「私だって男なんですよ」
離れた指を名残おしく感じているのか、私にはわからなかった。だけど再び冷気に包まれた指をポケットに押し込み、先を歩き出したトキヤを追いかけた。
トキヤのことは好きだ。だけどたぶんそれは恋愛感情ではない。それを感じるには私たちは近くにいすぎたのかもしれない。
「今日トキヤの家にいっていい?」
「やめてください」
「ケチ」
「自分の恋人のところにいけばいいでしょう」
私にとってトキヤは大切な幼馴染みだ。だけどトキヤにとって私はきっとそれ以上の存在だ。
それを知っていて私は気づかないふりをする。甘い密で蝶を誘惑する美しい花のような存在に私はなれているのだろうか。
「好きだよトキヤ」
「懲りませんね、貴女も」
「私は美しい花でいたいの」
「嫌いですよ、貴女みたいな幼馴染みなんて」
振り向いたトキヤはもう“幼馴染み”の顔をしていなかった。人のいない路地で伸ばされたトキヤの手を私は拒まなかった。
今夜もまた快楽に溺れようとしている私を嘲笑うかのよう頭上に輝く月がさらに煌めいた。
Ich Fortsetzung folgt……