この世界に咲いた屍

□第六話 彼の思いとあの日の約束
2ページ/4ページ


「ルーシー!」

エルドさんに抱きかかえられて壁上に辿りついた私にまず駆け寄ってきたのはテソだった。テソは私の肩を掴むと全身を舐めるように見て、「お前、何があった?」と言った。途端あの恐怖が頭に蘇った私は込み上げてきたものを抑えようと口を手で抑え、しゃがみ込んだ私にテソとエルドさん、すぐ近くにいたペトラさんが私の名前を呼ぶ。

「すみ……ませ……ん……っ」

「大丈夫か!?」

「パトルーシュカ、あなた顔真っ青よ……!」

「誰か――」と何かいいかけたエルドさんの言葉を遮ったのは他でもない私だった。

「大丈夫です……何でも、何でもないんです。本当に、大丈夫ですから」

「ルーシー!」

「平気だって言ってるんです!」

言い捨てた私はテソを振り返ることなく少し先にあった見慣れた背中に駆け寄った。その私の背中を見送ることしか出来なかったテソが遅れて壁上に現れたミケに何があったのか、と聞いていたことを私は知らない。

「ユンジェ!」

私が駆け寄った背中、憲兵団のマークを背負ったユンジェは振り返ると「パトルーシュカ!」と顔を綻ばせてすぐに表情を曇らせた。
ユンジェは何も言わずに着ていたジャケットを脱ぐと私に渡した。それでも受け取ろうとしない私を見兼ねたのかジャケットを持った手を私に回すと「風邪引いちゃうから」と私の肩をジャケットごしに叩いた。

「……一体何が起こったのですか」

優しくしないでください、という言葉は飲み込んだ。身勝手な私の言葉で目の前の男を傷つけたくなかった。だけどそんな感情でさえ身勝手であることに私は気付いて気付かないふりをする。
ユンジェは一瞬悲しそうな顔をしてから開閉扉のあった場所に埋め込まれた大岩に視線を落とした。そして静かな声で「人間が巨人になったんだよ」といった。信じられないと目を見開いた私にユンジェは「でも事実なんだ」と言う。

「ユンジェは……見たのですか」

「見たよ。見ちゃったんだ」

運悪くね、と付け足したユンジェは私たちのいる少し先にいるエルヴィンさん、トロスト区の最高司令官のピクシス司令、ユンジェと同じ憲兵の兵士に視線を向けた。一体何を、と言いかけた私は彼らの視線の先に一人の少年がいることに気がついた。死んでいるのか、眠っているのか彼の目はしっかり閉ざされている。

「……まさか、彼が巨人になったとでもいいたいんですか」

そのまさかだよ、とユンジェは言った。
信じられないの一言につきると思った。私たちの敵は巨人だ。だけどその敵になれる仲間がいる。その事実が何を示すのか私にはわからない。

「彼は104期訓練兵のエレン・イエーガーだよ。めちゃくちゃおおざっぱに言えば巨人になった彼が大岩をここまで運んで壁に封をしたんだ。……本当に、言葉で言うほど簡単なことってないね」

深々とため息を吐き出したユンジェは「ざっと説明するけど」といいきっと手短に今までの経緯を語ってくれた。
まず壁が破壊されたのは昼すぎだったということ、先鋭班と前衛を任された駐屯兵団が全滅して中衛を任された104期訓練兵が前衛に借り出されたということ。そしてエレン・イエーガーという104期訓練兵の一人が巨人化したということ、トロスト区奪還作戦と称して困難を極めながらも彼の力を使い大岩で穴を塞いだということ。
ユンジェが実際に見たのは彼が大岩で穴を塞ぎ、巨人のうなじから出てきた所だけらしい。ほとんどはピクシス司令から聞いた話だよ、とユンジェは苦笑を浮かべた。

「でも、訓練兵の多くがこの戦闘で命を散らせたよ。もちろん駐屯兵団もね」

「今日が壁外調査でなければ……っ」

まだ昨日まで訓練兵だった彼らが戦場に借り出されることはなかった。私が死にかけることもなかったかもしれない。
足元をみつめて唇を噛み締める私の隣でユンジェは本当に小さな声でいった。「もしそれが彼らの狙いだったら」と。突然何を言い出すのか、と顔をあげた私をユンジェは見ていなかった。両手を胸の前で合わせて瞼を閉ざしていた彼はゆっくりと目を開けると静かに言う。

「このエレン・イエーガーの巨人化でわかってしまったことがある」

「わかってしまったこと、ですか?」

「そう。エレン・イエーガーの巨人化はどこかほかの巨人とは姿が違ったように思えた。話にきく超大型巨人と鎧の巨人も姿が変わってるって聞いた」

「……敵は人間だ、とでもいいたいのですか」

ユンジェは答えなかった。だけどその目は何かを切り捨てる決心をしたエルヴィンさんを思わせた。思わず背筋に走った悪寒を私は無視することはできなかった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ