愛と嘘と白紙の台本

□第九話 天才も、鏡に映るカナリアをみて歌うことは出来ない
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トキヤと喧嘩と呼べるのかすらわからないものをしてから気づけば一週間がたっていた。もちろんその間仕事は合ったし、あのあと家まで送っていった音也くんと同じ仕事の決まっている那月くんとは仕事場で会うことがあった。けれど彼らからトキヤの話を聞くことはできなくて、トキヤ自身にも会うことはなかった。

「ああもう!」

高樹さんに頼まれてあくまで保険で、詩を書きはじめてまだ二日。いつもなら“出来た”と思えるまで一週間はかかるだろうそれもあっという間に書き上げてしまえる不安定な精神状態なのは自覚している。その状態にトキヤにされているこの状況をなんと言えばいいのだろうか。
一度も連絡をとらずに、連絡をもらわずに、日々を過ごすのはいつ以来だったか、もしかしたらそんなことはいままでなかったかもしれないとすらおもった。用がなくても電話をしてみたり、写真を送ってみたり。少なくともメールを開いてトキヤの名前をみてはため息を吐いたことなんて一度もなかったはずだ。

「トキヤのばーか」

床に投げつけたふくろうのついたペンが転がった先にあったリモコンを手に取り、つけたテレビは今週のオリコンランキングを発表している。いつ録ったものなのか、会場にはシバケン率いる快刀乱麻、嶺二さんたちのカルテットナイト、そしてこれからMステで発表したばかりの新曲を披露してくれるクリュードプレイがいるのだと、テレビ向けの笑顔で微笑む知り合いのアナウンサーが告げる。
テレビの中の世界は現実の世界とは別次元だ、とはよく言えたものだ。

2.5次元

、存在するけどしないもの。それが私たちだ。けしてテレビにいる“彼ら”が“私たち”ではない。カミュさんだって、今は微笑んでいても道ですれ違ったときにあの笑みを私は見たことがない。

「それではクリュードプレイで、“サヨナラの準備はもう出来ていた”です。どうぞ!」

会場の明かりが消えて、カメラが暗がりにたつ五人組に焦点を変えた。薫くんのギターから始まり、心也くんのベースが入ったところでライトがつき、計算された完璧なタイミングでうつむいていた瞬くんがカメラに目線を向けた。

「わざと雨の中
濡れて待ってたんだろ?

赤いダッフルを着て
勝負顔でわらってみせて

簡単に恋に落ちた僕を
笑ってたんだろ?


君のことが好きすぎて
いつだって
今だって
ずっとずっとーー」

Mステで、生で、一度は聞いた曲だ。その時は感じなかったのに、こうして目を閉じて、曲だけを感じで聞いていると秋の、茉莉ちゃんに抱いていた気持ちを突きつけられているような錯覚に落とされる。
秋は茉莉ちゃんを愛していた。もしかしたら自分のものにならないのからばいっそ殺してしまおう、という狂気すらあの美しさに抱いていたことを私は知っている。
考えれば考えるほど秋がマッシュを恋人にした理由がわからない。瞬くんは「俺がナンパの仕方を教えちゃったからなー、」なんて言っていたけれど、秋が自分にされているようなことを誰かにするとは思えない。ならば秋はマッシュに本気なのか、それも私にはわからない。
ーーなら私は?
私の薫くんへの気持ちに嘘はない。それならトキヤへの気持ちはなんというのだろうか。秋だけ問い詰めて、自分はにげるなんてこと、していいはずがない。私は高樹さんと同じところにはせめて“まだ”、堕ちたくない。

「あぁ、イライラする...、」

「それは何に対してですか?」

「っ、不法侵入で訴えるよ!」

トキヤ、と。今一番会いたくて、会いたくなかった男を睨み付けた私にトキヤは「お好きにどうぞ」と言い、持ってきたのか、私の部屋の冷蔵庫から出してきただろうミネラルウォーのボトルを唇につけた。

「帰ってよ」

「私に会いたがっていた、と聞きましたが」

「誰にもそんなこと言ってない」

「貴女自身から、聞きました」

「そんなのーーーっ!!」

塞がれたのは唇か。それともぽっかりとあいた心の穴だったのか。求められた温もりを迎え入れた私にはもう考えることはできなかった。ただ初めて感じる薫くんに対する背徳感、それだけが私が本当にトキヤのことを愛しているのだ、と。教えてくれたような気がした。
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