愛と嘘と白紙の台本

□第七話 蜂の羽音は甘美なワルツに変化する
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後悔は先にたたず。だけど“事”を起こした人間は必ずおもうはずだ。
ーーどうして先に後悔ができないのだろうか
結果がすべて先にわかっていたのなら、人間は「失敗」という言葉を口にすることはなくなるだろう。間違いを犯さなくなるだろう。
半強制的に同じリムジンの中に押し込められ、薫くんを挟んだ隣に哲平くん。後ろには心也くん。前には運転手さんが乗っている。私たちの話題はもちろん茉莉ちゃんで、目を閉ざせば生放送のテレビの前で倒れた茉莉ちゃんの姿が思い出せた。

「あそこで瞬くんが出ていかなかったら、明日のスポーツ紙にはアキくんの顔が出ちゃってたろうな」

「え?なんでー?」

少し身を乗り出した薫くんに答えたのは心也くんではなかった。深々、といかなくてもため息を吐き捨てた哲平くんは「写真、取られてたんだよ。茉莉さんにアキが呼び出されたときにさ」といい、「そんな話しらねぇー!」と薫くんがふざけ半分に声をあげた。
それも無理はないと思う。アキの“ボロ”が出るのを狙っている心也くんならまだしも、哲平くんが知っていること自体私は驚きだ。あの話は高樹さんが虫の息すら逃さない勢いでもみ消したはずだった。知っているのは当人たちから聞いたか、よほどの情報網を持っているか、だ。

「茉莉ちゃんは狙って、一般人のこれるところに秋を呼び出したんだろうな」

「狙ってた?」

「だって茉莉ちゃんは秋が欲しくて欲しくてたまらないんだから。秋を縛るためならきっとなんだってする...んじゃないかなぁ」

女はいくらだって綺麗にも、可愛くもなれる。だけど時に恐ろしい生き物に変化してしまう。嫉妬は醜く、執着は汚い。私がそんな姿見たくないと思えば思うほどその人はどろ沼にはまっていく。

「まあ、今回ので完全におじゃんですね。正体のわからない男との噂より“クリプレの瞬と!?”って噂のほうが噂としては面白いですからね」

小さく笑った心也くんに胸に黒い靄か広がった。だから彼の名前を呼んだというのに、トンネルの中では私の声は車内に響かなかったのかもしれない。

「...ーーアキくんだけが大切なんですね」

薫くんも、哲平くんもわかっていたことなのだと思う。だけどそれを他人に指摘されるのと、自覚するのはまた別の話だ。
目をそらそうとして、だけど無視できない事実に直面した時、人間は言葉を失うのだと思う。
聞いたことがある。クリュードプレイは瞬くんの顔で売れ始めたのだと。秋の曲で人気に火がついたのだと。元はといえば「バンドを組みたい」といった瞬くんに秋が賛同して、同じ高校のバスケチームで仲のよかった薫くんと哲平くんが組み込まれたグループだ。つまり“全員が幼馴染み”という売りのこのグループだけど、本当の幼馴染みは秋と瞬くんだけ。瞬くんが一番秋を大切にするのも無理はない。...と割りれないのが人間だ。

「心也くん、そんなこと今いうことじゃない」

「だけど事実でしょ。仮に瞬くんがーー」

「心也くん!」

なにが悲しいのか、なにが辛いのか、正直私にはわからなかった。ただ胸が苦しくて、この空間にいたくなくて、だけど逃げ場なんて私には存在しなかった。
静まり返った部屋に響いたのは私のケータイの着信音だった。ポケットから出してみればディスプレイは自分の幼馴染みの名前を表示していて、ケータイを閉じようとした私に「出れば?」といったのは心也くんだった。

「別にいいよ。あとでかけ直せばいいわけだし」

「薫くんの前ではしにくい相手ってわけだ」

「今日の心也くん、本当に嫌な人」

トキヤからの連絡で、五コール私が出なくても着信音が途切れない時はたいした用事ではない。急いでいたり、急用のとき、彼は必ずメールに切り替える。それをしっているからこそ本当に電話に出る必要はなかった。

「もしもし」

《私です。今大丈夫ですか?》

「一応、大丈夫。どうかしたの?」

《いえ...と、もう車の中ですか》

「よくわかったね。音聞こえる?」

《ええ。ならいいのです。もしまだスタジオにいるのなら、と思って電話しただけなので》

「そっか。ごめんね」

《大丈夫です。ではまた日を改めて。お休みなさい》

「お休みなさい」

電話を切る直前、電話口から音也くんと翔くんの声が聞こえたような気がした。この車内とは比べ物にならないくらい彼の周りは明るくて、それがどうしようもなく羨ましく思えてしまう。

「トキヤっていうと、ST☆RISHの一ノ瀬トキヤ?」

「哲平くんよく知ってるね」

「そりゃあ共演者だし、あのグループ、なかなかいいとおもったよ」

「トキヤに今度伝えとくね」

私と哲平くんの会話が途切れてしまうと車内はまた静寂に包まれてしまった。じわり、と無抵抗に歪んだ目を擦ることなく唇を噛み締めた私の手に重なった温もりが誰のものかなんて確かめなくてもわかった。その“温もり”、薫くんの手を握り返し、私は続けて震えたケータイを鞄の奥底に押し込んだ。
音はもう聞こえない。
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