拝啓、大嫌いなカミサマへ

□第九話 調査兵団
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所属兵科を決めた翌日、調査兵団を選んだ私たちは生活の場を調査兵団本部に移した。本部にいた先輩たちは私たちとすれ違うたびに「よくやった」「これから一緒に頑張ろう」「ようこそ調査兵団へ」と声をかけてくれ、迎え入れられる嬉しさに私たちは顔を見合わせて笑った。
だけど私たちを待っていたのは先輩たちだけではない。一ヶ月後の壁外調査に向けて巨人のことを基礎から覚え直し、壁外での陣形の取り方、立体起動の生かし方を頭に叩き込むことはもは私たちの“義務”だった。
そしてもちろん座学だけでは終わらない。

「紐のない新兵はいないね?」

訓練兵団の演習場よりも広い演習場に集められた私たちにまず配られたのは青と赤の長い紐だった。近くにいたミカサと私は赤、ジャンとアルミンは青だ。先に演習場で待っていたナナバさんとパトルーシュカさんの手には私たち全員が集まると紐はなくなってしまい、パトルーシュカさんは「その紐を自分の利き腕につけてください」と自分の右腕を軽く叩いた。
もちろん現状を理解してる人はパトルーシュカさんとナナバさんを除いて演習場にはなく、顔を見合わせた私とアルミンは互いに首を傾げた。そんな私たちにナナバさんは「早く紐を結んで」と行動を促し、誰もが慌てて紐を自分の利き腕に結びつけた。

「よし、全員腕にリボンはつけたね?今からルール説明をするから聞き漏らしのないように」

「はい!!」

周囲から上がった了承の意にかナナバさんは満足げに頷き、隣にたつパトルーシュカさんに何かを囁いた。パトルーシュカさんは仕方ない、と言いたげに眉をさげ、それからまっすぐ私たちをみた。

「これからやってもらうのは立体起動を使った鬼ごっこです。鬼は私とナナバの二人。その腕のリボンを私たちに取られたらあなたたちの負け。日暮れまでリボンを守りきれたらあなたたちの勝ちです。用はだけど、腕のリボンは自分自身の命だと思いなさい」

「“くだらない”といって少しでも手を抜いた人は今日の夕飯はなしだからね」

ナナバさんの一言に表情の変わったのはほぼ全員だったけど、絶望的な表情をしたのはサシャだった。それはあの“入団式”のあと、食事抜き宣言をされた瞬間のサシャを思い出さられる。「夕飯を死守します!!」と大声で宣言したサシャに私たちは苦笑し、ナナバさんとパトルーシュカさんは一瞬固まり、それから笑い声をあげた。

「いいことですよサシャさん。みなさんも頑張ってくださいね」

「ルールは簡単だよね。あと、半身半刀を使わなければ何をしても構わないよ。わかったらピストルの合図で飛んでね」

「猶予は5秒です」

異議を唱える声はなく満足したように頷いたパトルーシュカさんは左耳を手で、右耳を右腕で抑え、ピストルを持つ右手を高くあげた。パンッ!!と昼間の、しかしけして明るいとは言えない森の中にピストルの音が響き渡った。
私たちはそれぞれ近くの木に向かってアンカーを伸ばし、腕についたリボンを守るべき散り散りになった。一瞬のうちにその場に残るのはナナバさんとパトルーシュカさんの二人だけとなる。
私は頭の中でパトルーシュカさんが指定した5秒を数えていた。あと四秒、三秒、二秒、一秒...、タイムリミット。動き出したパトルーシュカさんとナナバさんはどこに向かったのだろうか。みんなはどこにいるのか。捕まった人はもういるのだろうか。
とりあえず、と振り子の原理を使い、少ないガスで長距離移動をしていた私は見える範囲で一番葉が茂っていて、背が高く、太くてしっかりしている幹の上に降り立った。ここなら下に生えてる木が姿を隠してくれ、だけど私からは下の様子がよく見える。

「振り子の原理を使うのは最も有効なガスの使い方だ。あの二人が巨人だったら、遭遇するまでガスを使いすぎないのは賢い選択だな」

頭の上から降ってきた声に私は驚いて思わす木の幹から片足をずり落とした。ぐあり、と身体が傾き、地面に落ちるのを阻止しようとアンカーを飛ばそうとした手は大きな手に捕まれた。「大丈夫か?」と綺麗な青い瞳が私を覗きこむ。

「あなたは、誰ですか?」

ありがとう、そう言おうと思ったはずなのに、私の口からは頭に浮かんだ言葉がそのままでていた。慌てて謝った私に男の人は「気にするな。驚かした俺が悪いんだから」と目を細めて笑った。
元いた場所に引き上げられた私はパトルーシュカさんとナナバさんが近くにいないことを確かめると隣にたつ男の人をみた。私やアルミン、クリスタよりも濃い金髪で、あごには髭を生やしている。年齢は20前後だろうか。肩と背中には調査兵団の証、自由の翼を背負っている。

「俺はエルド・ジン。君は新兵のオゼット・ルーピン、だよな」

「なんで名前を!?」

思わず声をあげた私にエルドさんは「静かに、ナナバとパトルーシュカさんにみつかっちまうぞ」と悪戯に笑って私の唇に人差し指をあてる。

「オルガからずいぶんと妹の話を聞かされてたんだ。それに、二人はよく似てるからすぐにわかった」

「...兄が、お世話になりました」

「あーいや、世話になったのは俺のほう...っ」

急に黙ったエルドさんの名前を呼ぼうとした私の口を手で塞ぎ、エルドさんは無言で木の下を指差した。そこには地面にたって辺りを見回すパトルーシュカさんの姿があり、少し遠くでアンカーを巻き上げる音が聞こえた。
かと思うとパトルーシュカさんは私には出来そうにない速さでその場を飛び去った。その速さは104期一の早さを誇るコニーよりも早いのではないかと思う。

「すごい....、」

「パトルーシュカさんは俺の一期上なだけなのに、ミケ分隊長の副官を務める実力者だ。いままで、多くの仲間を窮地から救ってる。俺も昔、あの人に助けられたんだ」

エルドさんの瞳は憧憬に輝いている。きっとこの人にとってパトルーシュカさんは憧れの存在なのだろう。そして、もしかしたら兄にとってもそうだったかもしれないと思うと私はもっとパトルーシュカ・ハロルドという兵士のことを知りたいと思った。
12歳、訓練兵団に志願したあの日、私は兄のようにはなりたくないと思っていた。人類のために死ぬなど真っ平ごめんだと。だけど、今は兄のような兵士になりたいと思う。もちろん死にたくはない。それでも兄のように仲間の思いを、命を力に強くなれる兵士になりたいと思う。

「さて、楽しいお話は終わりましたか?」

「パトルーシュカさん!!!」

私とエルドさんが振り向いて、そこで微笑む女の名前を半ば叫んだのはほぼ同時だった。
私は反射的に身体を地面に投げ出すとその場で宙返りをしてアンカーを近くの木に飛ばした。ふと見えたパトルーシュカさんのエルドさんの顔は驚きに染まっていて、私は今が機だとガスを最大限にふかした。

「うわあああこないでくださいナナバさん―――!!!」

「来るなといって巨人は待ってくれないよ!」

「私の夕飯――!!」

森の奥から響いてきたサシャとコニー、そしてナナバさん声に私は進んでいた方向とは逆の方向にアンカーを飛ばした。いったい今は何人が腕のリボンをなくしているのだろうか。森のなかには耳を澄ましても立体起動の音は聞こえてこない。

「あ、」

プシュッ、とガスの切れる音が背中から聞こえ、私は自分の機動力が失われたことを知った。空を見上げればすっかり生い茂る葉っぱの間からみえる空はさっかり夕暮れ、日が沈むのはもう時間の問題となっている。もしここが壁外だったら自分は死んでいたかもしれないと思うと同時に、人類にとって安堵できる時間がもうすぐ訪れるのか、と太い幹に背を預けた。
悲しいことだと思う。一日が始まる朝、太陽が昇ったその瞬間から人類は巨人の恐怖に脅かせれ、一日のおわり、太陽が沈む瞬間のから“明日”が始まるその瞬間まで人類はようやく安堵することができる。

「日が沈んでも、今は油断対敵ですよ」

チェックアウトです、その声に振り返った時にはもう私の腕には赤いリボンは付いてなかった。私の腕についていただろう赤いリボンを持っているパトルーシュカさんは「貴女が一番最後ですよ」と微笑むと右手を私に差し出した。

「今年の新兵はなかなか手強いですね。私も頑張らなくちゃいけませんね」

「あの、」

「なんですか?」

私を見つめるパトルーシュカさんの瞳は綺麗な緑色だ。その瞳に吸い込まれそうになりながら私は大きく深呼吸をすると目をそらすことなくいった。

「私も、いつか兄やパトルーシュカさんのような兵士になれますか?」

パトルーシュカさんは面食らったらような顔をして、それからすぐに「もちろんですよ」といった。

「なれますよ、貴女なら...かならず」

そういって微笑んだパトルーシュカさんの瞳はやっぱり少しだけ悲しそうだった。
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