拝啓、大嫌いなカミサマへ

□第七話 今、何をすべきか
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巨人になったエレンが壁に開いた穴を塞ぎ、トロスト区に入ってきた巨人は逆に閉じ込められてしまった。その閉じ込めた巨人は壁外調査から戻ってきた調査兵団と壁上固定砲によって駆除され、ようやく静寂を取り戻したトロスト区は私が生まれ育った美しい街とは様変わりしていた。
訓練兵には“後片付け”が命令された。手には手袋、鼻と口には口布を巻いて私はトロスト区に足を踏み入れた。口布をしていても漂う異様な臭いは鼻を刺し、そこら中に人だったものや死体が転がっている。

「オゼット、少し手を貸して欲しい」

「どうしたの?」

「この木材を動かしたい。一人では無理だった。でも、二人なら出来る」

そう言ってミカサは積み重なる家だった木材を指さし、私はそね下に下敷きになる人の姿を見た。迷うことなく了承の返事をした私にミカサは「ありがとう」といい、私と反対側の木材の端を持った。
木材は上に何かがつっかえているのかかなり重かった。それでも下にいる人を出してあげたい一心で私とミカサは木材を押し上げ続け、通りかかった調査兵団の兵士の力を借りて木材はようやく下敷きになっていた人間の上から動いた。

「ありがとうございました」

「礼には及ばない」

兵士にお礼を言うミカサの横で私は下半身の潰れた少女、アレクサから目が離せなくなっていた。仲のよかったアレクサはもう二度と私に笑いかけてくれることはない。明るい声で私の名前を呼んでくれることもなくなってしまった。
アレクサの横に座りこんだ私の肩をミカサの手が叩き、「早く荷台につもう。弔わなくては」と言った。

「……そうだね」

「辛ければアレクサは私が運ぼう」

「いいよミカサ。大丈夫だから、私が運ぶ」

アレクサの下半身は完全に潰れ、下にあった木材に擦りついて持ち上げることはできなかった。私がアレクサの上半身だけを荷台に積み込む間にミカサは誰のものかわからない手足を二本拾っていた。
どうしてミカサがこんなにも落ち着いていられるのか私にはわからない。改めて突き付けられた惨状に嘔吐する訓練兵は少なくない。そんな中ミカサは顔色ひとつ変えることなくもくもくと作業を続けている。
なにも彼女が非情だとは思わない。私にとってジャンが一番であるようにミカサにとってはエレンが一番なだけだ。ただその思いが強すぎる。

「ねえミカサ、アレクサはスーザンとまた一緒になれたはずだから、今は笑ってるかな」

振り返ったミカサはしばらく私をただ見つめ、「きっと笑っている」と言った。

「オゼットが二人を忘れなければ、二人は笑ってる……と思う」

「うん。私は忘れないよ」

「そうか」

ありがとう、と囁いた私にミカサは「別に。礼を言われることではない」といい、それでも「ありがとう」と言った私に今度は背中を向けた。
崩壊から奪還、掃討戦での死者・行方不明者は207名、負傷者は897名に上った。それは人類が初めて巨人の進行を阻止した快挙を歓喜するにはあまりにも失った人類の数が多すぎる結果だった。
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