この世界に咲いた屍

□第六話 彼の思いとあの日の約束
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あの場から仲間の集まるトロスト区の門まで巨人に遭遇しなかったのは奇跡だろうか。そう思うとあの場で、しかもガス切れした状態で巨人に遭遇した私はよほど運が悪かったのだろう。
私を前に乗せ現れたミケに「無事だったんですね!」と数人の兵士が駆け寄った。そのすぐ傍で前を見据える兵士が一体何がどうなっているんだ、と囁いた。
兵士の視線の先を追った私は自分の目を疑った。そこに存在していたはずの、周りに比べると強度の低い開閉扉は姿を消し、かわりにこれから先も動くことは絶対にないと言われていたトロスト区の大岩が埋め込まれている。加えて馬の背ごしに大きな足音を感じるというのに扉の外にはすでにうなじを切りとられて蒸発している巨人の姿しか見えない。そして真っ先にここに辿りついているはずのエルヴィンさんにリヴァイさん、ハンジさんの姿は彼らの馬を残してどこにもない。

「上をみろ」

「上……?」

そこにいる人影を見た私は「ああ」と声を漏らした。人物こそ特定できないものの、そこには数十人の姿が確認できる。エルヴィンさんたちはあそこにいるうちの一人なのだろう。
「おいルー!」というミケの声を頭に響かせながら私は彼の馬から飛び降りた。歩きながら外套を、ジャケットを脱ぎ捨てていく私に近くにいた兵士は振り返り、顔を赤くしてすぐに顔を反らしていく。
巨人の唾液で濡れたシャツは下着が透けているのだろうか。それとも破れて肌でも見えているのだろうか。もうどちらでもかまわない、嘲笑がもれる。

「パトルーシュカさん!無事だったんですね!」

「……無事……?そうですね、“無事”ですよ」

「パトルーシュカさん?……立体機動はどうしたんです」

「まあ、いろいろあったんです」

曖昧な答えを返した私に「何があったんですか」と聞こうとしたエルドさんの名前を私は呼んだ。エルドさんは少し複雑な顔をしてから「何ですか」と言った。
彼の言う通り私は“無事”なのだろうか。そもそも“無事”とは何なのだろう。生きていること、それとも別の意味だろうか。

「荷馬車護衛班を残して全員壁を登れ!荷馬車護衛班は上からリフトが降りるのをここで待て。救護班も怪我人に付き添ってリフトを待っていろ」

「了解っス!」

「おい早くしろ!置いてくぞ」

「待ってよ……ったくもう!」

指示を出しながら歩いてくるミケを私は振り返り、彼の指示に従い動きだす兵士を見てエルドさんが「流石だ」と囁いた。上官三人に置いてかれて混乱する兵士をミケは指示を出すことで救った。私は巨人から彼に命を救われた。
また明らかに開いた彼との距離に私は痛む胸を抑えると近づいてくるミケから目を反らした。優しくされることがつらい、そう感じることは今まで何度もあった。だけど今ほど強く感じたことはなかったはずだ。
私はまさに壁を登ろうとしていたエルドさんに駆け寄ると「一緒に連れていってください」と言った。

「え、でも……、」

「エルドさん」

後ろを振り返ったエルドさんは彼の名前を囁き「お願いします……、」と続けた私にやっぱり困ったような顔をすると「しょうがない人ですね」といい私の腰を引き寄せた。
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