この世界に咲いた屍

□第五話 巨人
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その巨人のうなじを削ぎ落としたのは負傷し馬を無くした兵士にウィルを貸し与えて本部に向かわせてから大分立ってからのことだった。数少ない建物の屋根に飛び降りた私は短く息を吐き出すとなまくらになった刀を投げ捨てた。
音をたてて刀が落ちた地面には数時間前や数分前までは話し、笑いあっていた仲間の“残骸”が転がっている。上半身がないもの、下半身がないもの、顔がないもの、足だけ、腕だけ、人間の形すらないもの……、中には何も残せなかったも者もいた。額から落ちてきた雫はやがて頬を伝い、まるで涙のように地面にシミを作る。
地面に飛び降りようとして足を踏み出した私を突然激しい頭痛が襲った。平衡感覚が消え、視界が回ったと思った時には私は屋根の上に力なく座りこんでいた。

「パトルーシュカさん!!大丈夫ですか!?」

「……エルドさん……。問題ありません。少し疲れただけです」

頭痛は本当に一瞬だけだった。差し出されたエルドさんの手に掴まり立ち上がった足もちゃんど地面を捉え、平衡感覚も元に戻っていた。
一体何だったのか、と首を傾げた私の名前をエルドさんが再び呼ぶ。「本当に大丈夫ですか」というエルドさんに私は大丈夫、といった。
倒した巨人からあがる蒸気に目を懲らせば動く人影が数人分目に入った。私は今度こそ建物から飛び降りると地上に足をつけた。その後ろにエルドさんが着地したのが音でわかる。

「小さな“思い出”だけ回収してください」

「遺体はどうしますか」

「荷馬車もなければこの先は平地続きです。荷物になるものは置いていきましょう」

「わかりました」というとエルドさんは名前が刺繍された外套や手の平に収まる小さな“思い出”を拾い集めていった。私は壁内に連れて帰ってあげることの出来ない兵士の一人一人に近づくと手を、残された身体の一部を握りしめた。
本当は連れて帰りたい。彼らを待つ家族に一部だとしても彼らを返してあげたかった。だけど彼らを連れてかえることで犠牲を増やすことは許されないことだ。

「あなたたちの死を無駄にはしません」

この言葉がカケラでも彼らに届いたらいいと思った。

「ッ撤退合図が出たぞ!!」

響いた男の声に空を見上げればそこには青い信煙弾が打ち上がっている。――おかしい。そう感じても疑問をぶつける相手がここにはいない。もしいたとしても私が信煙弾をあげたエルヴィンさんの判断自体を疑うことはない。
エルヴィンさんは100を救うために99を捨てることのできる人だ。だからこそ彼はこの組織の団長を任され私たちは彼の下についている。

「全員馬はありますか?」

撤退しますよ、と声を張り上げ集まったのは元いた人数の半分と少しだった。今回は建物があり時間が短かったぶん人的損傷が少ないように思える。索敵は真っ先に巨人の餌食になってしまうために他の隊列と比べて死者が多いのは仕方がない。

「わかっていると思いますがこっからは平地です」

何があっても振り返らずに本部を目指してください、と続けた私の言葉の意味を理解した人はいるだろうか。たとえ誰かが死のうと、何人仲間が巨人に喰われようと一人でも本部にむかえ。私はそういった。同時に私はあなたたちを助けはしない、と。
エルドさんを先頭に全員を走らせてから私も乗り手のいなくなった馬に乗り込んだ。頼みます、と鬣を撫でてやれば「任しとけ」といいたげに鼻を鳴らした。平地にでる直前、馬は立ち止まると主が横たわる場所を振り返る仕草をした。だけど私が手綱を引くと後ろ髪を引かれながらも前進してくれた。
この馬と主はよほど仲がよかったのか時々馬は戻りたがる仕草をみせた。ウィルも私が死んだらこの子のように私のもとに戻りたがるだろうか。そう考えてやめた。
「あなたの主はあなたの心の中に生きてますよ」と私を乗せて走る馬に囁いた。
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