出会い

□出会い
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落ちこぼれという言葉は集団の中で出来た言葉で、私のような、適応出来なかった人間に付けられるレッテルだ。背中にそんな言葉を感じながら、人のいない廊下を走った。追手は一人もいない。

転入したてなのでこの校舎には詳しくない。学校案内が載っている生徒手帳は教室のバッグの中だ。大嫌いな生徒手帳は、なるべく持ち歩きたくない。さて、勢いに任せて逃げてきたはいいものの、これからどうしよう。できれば外に出たいが、下の階にある職員室の前を通るのはあまりにもリスクが大きすぎるし、かといってこのまま教室の前をうろうろするのも非常に危ない。…そうだ、屋上はどうだろう。前の中学では屋上は開放されていなかったけど、この学校はまだ行ったことがない。屋上なら階段をのぼっていけば必ず着くはずなので、試してみる価値はある。
階段をのぼりきった先にぽつんとドアが佇んでいた。ひとり、寂しげな。ドアノブに手をかける.....あれ、この鍵穴壊れてる?扉は容易く開いた。開放的な空と風と、それから。
先客が私を待ち受けていた。

「うわ…びっくりした、先生かと思ったじゃん」

眠そうに目をこすってそういった彼は、私の知らない人だった。赤茶色の髪、灰色の透き通った瞳、そして、一目で「わるいこ」だと分かる服装。およそ学校指定ではないだろベルトと靴と、それからカーディガン。しかも、黒くて見づらくはあるものの…服に血液らしきものが付着している!!

「ひゃぁあぁごめんなさいごめんなさい!お邪魔してすみませんでした!すぐ出ていきま…す」

肩を、掴まれた。

「まって、なんでそんなこわがんの。俺寝てただけなんだけど」

男性然とした、中学生らしくない身長の高さと声の低さがさらに恐怖心を煽る。

「いや、あの、勝手に入ってきて申し訳ないことしたなぁ〜とか思ったりして…ハハ……あと、そのっ。服に血がついてるから、大丈夫かなっ…て」

少しどころではなく声が震えてしまったかもしれない。こんなに背が高い人に至近距離で話しかけられたら、威圧感もことさら。チビな自分が恨めしくなる。

「ああ、これ?大丈夫、自分の血だから。」
「…え?」

彼の言った、大丈夫の意図するところがわからない。多分、返り血ではないということを伝えてくれたのだろうけど、全く大丈夫ではない。自分の血なら当人が大丈夫ではないだろう!

「ちょっと、そこ座ってください」
「はぁ?なんで」
「いいから!」

よく見ると口の横が切れてそこから出血しているようだった。怪我してから時間が経っているのだろう、出血量は多くないものの、服まで垂れるほどなら相当深く怪我していた筈だ。

「保健室、行きましょう」
「嫌だ。大したことないし、それに今授業中だけど」
「うっ…じゃあ、応急処置で。」

ポケットからハンカチと絆創膏を取り出す。近くにあった水道から水を出して、ハンカチに染み込ませた。
「ちょっと染みるかもです」
そして口元の汚れを落とした。表情は澄ましたままだったけど、綺麗な形の唇を少しだけ噤んだのを私は見逃さなかった。なんだ、やっぱり、痛いんじゃないか。正直怖かったけど、手当してよかった。

「絆創膏うさぎ柄なんですけど、貼っても大丈夫ですか?」
「ふふっ、なにそれかわいい。貰っていいの?」
「......あ、はい。もちろんです」
その、笑顔が第一印象とそぐわない優しいものだったから、絆創膏のテープを剥がす手が一瞬止まってしまったのは内緒だ。胸に仕舞っておくことにした。

「樹本でしょ?名前」

私のお気に入りの柄の絆創膏をつけた口から出てきたのは、まさかの私の名前だった。

「そうです。樹本柚です。あの…ごめんなさい、前にどこかで会いましたっけ?」

私は、目の前の彼に見覚えがなかった。

「同じクラスじゃん。ちなみに俺は出席番号1番の赤羽業」
「ええっ!?でも、今日初めて顔合わせましたよ!?」
「あー、最近学校来てなかったからかも。来ても午後からだったりすぐ帰ったりしてたし」
そういえば、後ろに空いた席があるのがいつも気になっていたが、今思うと彼だったのか。
「でもどこで私の名前を?」
「情報通の友達が転校生の特徴とか名前とか教えてくれて、それで覚えた」
情報通…だれだろう。クラスメイトと話をしないため、思い当たる節がない。
それにしても、一回聞いただけで覚えるなんて、私はできないや。クラスメイトの名前が書かれた案内プリントを受け取った気がするが、軽く目を通しただけなので全然覚えていない。

「ごめんなさい。カルマ君の名前覚えてませんでした」
「いいよ、転校してきたばっかだし。あと、堅苦しいからタメで」
「あ、そっか。同じ年齢だもんね。私のことは柚って呼んで」
「おっけー。カルマでいいよ」

なんだか、嬉しい。面識のない私の名前まで覚えててくれたし、少し毒はあるものの言葉がまっすぐで迷いがない。転校してきてからというもの忘れていたコミュニケーションの楽しさをカルマ君との会話で取り戻した気がする。もっと、話したいな。カルマ君がフェンスの近くの段差に腰掛ける。私もそれにならって座った。

「カルマ君はなんで最近学校に来てなかったの?」
「この時期は高校デビュー似非不良がよく釣れるんだ…俺が現実見せてやらないと」
カルマ君がにやりと笑う。
「えっとつまり…喧嘩に明け暮れてたってこと?」
「まあ、そういうことかな。今日はちょっとしくったけど」

なんてやつだ…中2にして高校生と喧嘩し、今の今まで怪我しなかったなんて。それに加え、今はテスト期間。どうやら見た目に正直な性格なのは確実のようだ。

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