short stories

□こんな彼でも
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「カミュ……」

私は、カミュの名を呟いていた。


「六花……?」
「何………?」
「…何故泣いている」
「え…?」

我に返ってようやく自分が泣いていることに気付いた。
それが何故なのか、自分でも分からない。
キッチンへ消えていった背中を見つめて、何故か少しだけ寂しいと思っていた。

ドンドンドンッッッ

突然、部屋のドアが壊れそうな勢いで叩かれた。
一時はカミュも無視をしたけれど、あまりのうるささにドアを開けた。

「六花!!!!!!」
「……え………?」

ドアが開いた瞬間、駆け込んで来たのは藍だった。

「……逃げるよ、六花…」
「おい待て、美風。」

私の手を掴んでいた藍の手を、カミュが壊れそうなほど強く掴んだ。

「……離してくれない?」
「貴様が六花の手を離せ、愚民。」

いつもよりいくらか低いカミュの声に、私も藍も身震いした。

「……六花、」
「何…?」

藍は私の手を離し、真正面に向き合った。

「六花、散々"怖い"って言ってたよね」
「………うん」
「逃げたいとか言ってたよね…!?!?」

視界に映るカミュの顔が歪むのが分かった。

確かに、言った。
あの時は、本当に逃げ出そうと思った。
だけど、断った。

「ねぇ──」
「何?」

──ずっと思ってたことがあった。
ここから逃げて暮らしたところで、またここに帰って来そうな気がする。
恐怖とかじゃなくて、最初から気持ちは一つだったのかもしれない。

「……何されたって構わないとさえ思った。」
「どうして………?」

どうして……か。

「……だって…カミュのこと、好きだから。だから……暴力振るわれたって束縛されたって無理矢理されたって、嫌いになりきれない。」

────カミュの事が、好きだから。

私のありのままの気持ち。
言い終わった後、藍は少し残念そうな顔をした。

「………美風」
「何…………………っ!!!!!!」

カミュが投げたナイフが藍の頬をかすった。

「用は済んだな?……さっさと帰れ。次は────」
「分かったよ。…………じゃあね。」

藍は私の方をみてそう言った後、走って部屋を出ていった。

その直後、カミュは私にキスをした。
久々の、優しくて、そして熱い、全身まで蕩けてしまいそうな甘いキス。

「………先程の言葉、偽りではあるまいな?」
「…………?」
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