short stories
□何と云おうと
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ピアノの前に座り、一息ついてから鍵盤に触れる。
そして、今は俺しかいない部屋でひたすら力強く奏でる。
弾いている間はいい。
一人ではないという実感が沸く。
そして、弾き終わった後の、一人には広すぎるこの空間がどうしようもなく寂しい。
……ただ寂しい訳ではなく、俺は悩みを抱えている。
アイドルらしからぬ悩みを。
「はぁ………」
そうため息をついたとき、部屋のドアが開いた。
そこにいたのは、まさに俺の悩みの種の中心とも言えよう、神宮寺だった。
「お悩みかい?」
「……お前には関係ない。」
見栄を張って嘘をついた。
本当はそんなことはない。一番関係している。
「そうかい?…そういえば……随分、元気が無いみたいだね。」
「………ここ最近、仕事が立て込んでいてな。よく眠れていないせいだ。」
「ふぅん……」
神宮寺の探るような視線が刺さる。
確かに仕事は立て込んでいるが、厳密には違う。
よく眠れていないのも、全て目の前にいる、この男のせいなのだ。
「………少し、一人にしてくれ」
「そうかい。……じゃあ、子羊ちゃんの所にでも行ってくるよ。」
そう言って神宮寺はドアに向かった。
子羊ちゃん………?
………!!まさか………
「っ、おい………!!!」
俺が立ち上がってドアの方を見た時には、もう神宮寺の姿は無かった。
いてもたってもいられず、俺は部屋を飛び出した。
たまたますれ違った黒崎さんは、驚いた表情で俺を見ていた。