極楽鳥

□第1章
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 教室に戻ると、黒板に書かれていた文字がきれいに消されていた。おそらく小嶋翼だろうと祐介は思った。
 小嶋翼は一年次に学級委員を務めたが、二年次になってからは祐介が外した。二年もやらせることはないだろうと思っていたし、次期生徒会長にもなるだろうと踏んでのことだった。
 彼は成績がよく、それでいてそれを鼻にかけることもなかった。むしろ勉強が苦手な同級生に対し、よく教えている光景を祐介は見ている。文科系である将棋部に入っているが、運動神経も悪くはないようで、なぜ運動部に入らないのかと問い詰められたことも他の教諭から聞いていた。
 
 頭髪は自由だったが、翼は黒髪だ。目元まで伸ばした髪はサラサラで、肌は白く、女顔だと自他ともに認めている。
 いわゆるイケメンの部類だと、彼が新入生だった時に祐介が真っ先に思ったことだ。その顔が指し示す通り、彼の周囲には女子生徒が多数押し寄せている。同級生から上級生、更には下級生に至るまで彼は人気があった。
 そうだろうなと祐介は、椅子に座る翼を見て思った。整えられた容姿に加え、嫌味のない性格を持っている彼を誰が嫌うか。
 
 特に彼の特徴は、切れ長の目からの流し目であった。まるで歌舞伎役者のような流し目に、同性である祐介すら色気を感じたというのに、異性が落ちないわけがなかった。
 それでも翼には悪い噂はなかった。祐介は、実はそれが心配であった。ここまでの男であるならば、悪い噂の一つや二つ流れてもおかしくはないはずだと思っていたからだ。
 
 翼を気にしつつも、祐介はHRを終わらせた。教室内の空気が一気に軽くなる。途端にお喋りを始める生徒たちの声を背に、祐介は教室を後にした。
 
「翼君は部活に行くの?」
 
 HRが終わり、真っ先に向田茉夏が翼に話しかけてきた。茉夏は翼の隣の席で、彼に好意を寄せている。
 
「やるかどうかは部長次第だから、一応部室には顔を出しておくくらいだね」
 
「じゃあもし部活をやらないんだったら一緒に帰らない?」
 
「いいよ」
 
 早い者勝ちを制した茉夏は心の中でガッツポーズをする。同級生の目があるが、彼女はそれを出し抜いてやったという優越感に浸った。
 羨む同級生の視線を背に、茉夏は翼と共に教室から出た。
 
「あっ、先輩。ちょうどいいところに。今日って部活はやりますか?」
 
 階段の踊り場まで来た二人の前に将棋部の先輩がいた。翼は声を掛け、茉夏は祈るような気持ちで中止を願った。
 
「今日はやらないってよ。なんでも部長、気分が乗らないらしいから」
 
 部活はいつも部長の気分や予定次第であった。翼はその緩い雰囲気に惹かれ、将棋部に入部をした。
 
「そうなんですか。じゃあ今日は帰りますね」
 
「お前はいいよなあ。いろんな子と一緒に帰れてよ」
 
「へへへ。お疲れ様でーす」
 
 祈りが通じた茉夏は天にも昇る気持ちだった。名前も知らない眼鏡をかけた上級生に感謝をした。
 将棋部の先輩からの嫌味をサラリとかわした翼は茉夏の目を見ると、そのまま階段を下りて行った。

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