審神者

□君の声を聴かせて
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明くる日、昨日のお祓いの終わりと同じ時間
もうすぐ夜が顔を出し始める頃
神社の鳥居を見ながら狛犬の台座の下で緋色の落ち葉を並べて遊んでいると晩秋が近い今の時期は日が落ちるのもあっという間で映像を早送りしている様に手元が暗くなってきてしまう
一人ぽつんと落ち葉で遊んでいる様に見えるが勿論遊び相手だっている

『んー...ほら、こうして並べるとさっきよりきれいだよ』

会話相手は勿論台の上に座す狛犬だ
いつも体が動くなら美摘を乗せて駆け回ってやると豪語しているやんちゃな性格な彼は境内で遊ぶには欠かせない遊び相手だった
お祓いの時の印の手習いもしてくれるし、祖母の御神楽の真似事をする時も彼が一番の観客だ

「美摘?いるかい?」

祖母が呼ぶ方へ向けばもうすぐ夕飯時なのに巫女服のままだった
この時間にその服を着ているときは決まって巫女作業をする時、主にお祓いをする時だから少しだけ背中がぎくりとする

でもお祓いは昨日行ったから今はやらないだろうし…
首を傾げていると祖母が本殿の方へ手招きする

「美摘、今から大事な内緒のお話をするよ」
『...?』
皺の多い手で美摘の小さな手を包んでゆっくり諭す様に

「実はおばあちゃんはね、美摘と同じ様に〈物の声〉が聞こえるのよ」
『!そうなの!?』
「内緒のお話だから静かにね」

しーっ、と人差し指を立てて声を潜める祖母に同調する様に小声になる

「それでね、お話するだけじゃなくてちゃんと姿を見る事も出来るの
石切丸とも仲良しなのよ」
『見えるの?すごいねおばあちゃん!』
「美摘も少し頑張ったらおばあちゃんみたいに石切丸の姿も見えるし、他の刀とも仲良くなって冒険だってできるわ」
『...刀、だけ?』
「今は、ね」

少しだけ言葉を濁した祖母の目には対照的に目を輝かせた私が映っていた
その濁した言葉に祖母がどれだけの懇願を私に託そうとしていたのだろう
消えゆく能力の限界を感じて私にこの話をするくらいだったのだからそれこそ頼りない藁でも縋りたかった、といったところか

「刀達と協力して歴史を変える悪い奴らを退治しに行って皆の世界を守るのよ」
『悪い奴らがいるの?歴史を変えるのが悪いことなの?』
「刀達と同様に…美摘にはまだ見えないけどね、歴史を変えるっているのは自分の都合の良い世界を作るって事だよ
人々や物事がその日、抱える思いの元行動した結果がたとえ悪く悲しい結果でどうしても変えたい内容でも変えることは誰にも許されることではないんだよ」
『どうして…?』
「誰か一人にとって嬉しい事が皆にとって嬉しい事とは限らないんだよ、悲しいことだけどね」


そう言った祖母の顔は少しだけ寂しく、悲しい顔をしていた

「まだ美摘には難しいかもしれないけれどそれがしてはいけない事だというのは石切丸達も教えてくれるわ
それに、運が良ければ今日別の刀にも会えるかもしれない」

『そうなの⁉私会ってみたい!おばあちゃん、早く!』


新しい刀と話せる、ではなく会えると祖母が言った言葉がより現実味を増したのだろう、もう母親に物の声を聴くことに注意をされるということはすっかり頭の中の隅に追いやられていた

「こらこら、急いじゃいけないよ…その前に、いつも言っていることはわかっているね」
『声を出せる”物”は神様、私と仲が良くても神様であることを忘れちゃいけない』
「そうよ、きっと皆あなたのよい友達、理解者になってくれるけど相手は神様、彼らの大事な思いを踏みにじったり信仰を疎かにするようなことはしてはいけないよ」
『けんかしないで仲良くすればいいんだよね』


幼い彼女の認識で相手を蔑ろにしないということを表すにはこの言葉が一番近いのか
それでも大事な言いつけを素直に受け止めそれをこの神社の声を発する物達と過ごしている姿を見れば、そっと巫女服を纏った背中を後押ししてくれる声が聞こえてくる




「…おいで、美摘」

今まで待ち焦がれていた友達たちに会えると信じている美摘は祖母の言うままに本殿についていく
輝くような笑顔を背中に感じながら先を行く祖母の顔は茜色の夕焼けから闇夜に染まるかのような、対照的に寂しさがどんどん募っていくようだった





日が沈んだ後の暗い本殿で仄かな灯りが、ぼんやりと浮かんでいた
蝋燭の炎が風もなく揺らぎ、鎮座している黒塗りの刀の影も呼応するように揺らめく
音もないこの空間は普段から澄み切って透明な何かに包まれているような確かに神聖な場所であった

けれど今は、違う
神聖ではあるけれど、自分以外の誰かの存在を感じるような…美摘には日頃感じる姿なき物の声と似たような雰囲気
いつもの違うのは自然と心の中に響いてくるような物の声が存在を感じても聞こえてこないのだけ

先導するように中に入った祖母が左膝から床に着いて正座をし、鎮座した刀の前で正座、座礼と刀剣に対する礼儀を流麗な動きで済まし
上衣の袖に自分の掌を収めて刀に触れぬように台座から外す
下から鍔元と鞘の先を支える様に持つ姿は神への供物を運ぶ巫女そのものだ

「この刀に、呼びかけてみて」

『……さわっても、いいの?』

「ええ、大丈夫よ」


鞘と柄にそっと触れると少しだけひんやりして、物が眠っているようだと反射的に感じる


『名前は、あるの?』

「ないわ、その刀は無銘刀、だから呼びかけてみて」


『…………』


黒塗りの鞘に装飾もない鍔、これといった特徴が無いのが特徴のような一振りは美摘が腰に携えるのには長い大きさだ、祖母位の体格の者でも長い、成人男性でようやく十分に扱える得物だ

呼びかける、と言われても名前もないこの刀に何を言えばいいのかと言葉に悩む
真っ直ぐ美摘の前に来た祖母は優しく笑みを浮かべながら簡単な風に言うが名もなき物に何と呼びかければいいのか…
思えば普段は物の方から話しかけて、色々な事を教えてくれて話題には事欠かなかったから気付かなかったけど、自分から話しかけるという事はしなかった

『…………』


考え込んでも何が一番いいかなんてわからない、でも自分のしたい事ははっきりしている
静かに祈る様に眼を閉じて



(あなたの姿が見てみたいな…お話したいな……声が届くといいなぁ……)


祈り始めてどれ位経ったか…数分か、あるいは数時間か
静かな空気が漂う本殿に居ると自分のまわりでどれくらい時間が経ったのか、時間の概念が無くなる
けれど不思議と疲労を感じないのは刀からの呼びかけを楽しみに待っているからか、耳を澄まして静かに座す


―――――……



(ここで刀に付喪神を憑依させられるか、それが出来なければ刀達と会うのは夢のまた夢よ、美摘)


祖母の美摘の祈る様子を見つめる目は真剣味を帯びて細められる
コレは所謂、新人審神者で言うところの入門試験のようなものだ

【付喪神のへの理解を深めた上で無銘の打刀に刀剣男子を憑依させる】

憑依のさせ方はその審神者となる者それぞれに異なってくる
本来は憑依させたい刀に合わせて資材を調整し鍛冶の祈祷を行うのが通例だ、目的の刀が出来上がるかどうかは審神者自身の能力で大きく変化する
太刀以上の刀を求めるなら祈祷の時間も質求められるし、相応のものを得るには相応の対価が求められる

審神者として歴史改変者と渡り合うためには最低でも打刀を作れる、それが最低限求められる能力だ
それがこの場で出来なければ残念ながら彼女が審神者となって刀剣男子と顔を合わせるなんてことは出来ない
それに何より…


(私の力が尽きる前に…何とかして美摘を審神者に…)

きっとここにいる誰よりも祖母である彼女がそうなることを望んでいる
物心つく前から、付喪神である物の声が聞こえる、それだけで潜在的な審神者の能力で自分より上回っている資質を持っていると祖母は確信していた
自分の審神者の能力が尽きる前にこの神社と石切丸を託したい、他でもない、美摘に
瞬間、大きく蝋燭の炎が揺らめいて無銘の刀に巻き込むように風が吹き込む


『……っ!』

「やった…!」

祖母が小さく歓喜の声を上げるのも頷ける、このまま風が静かに無銘刀に収まれば付喪神を憑依させることに成功、晴れて美摘は審神者となれるのだ
ホッと肩の力を抜いたのも束の間、暖かかい風であったがその勢いはどんどん増して強風になり祖母ですら目を開けているのが困難になる
無論、無銘刀を抱えている美摘の眉間にも皺が寄り、閉眼したままの顔に風の強まりに比例するように険しさが増す

違和感を感じた時には遅かった、
普通なら付喪神の憑依と共に刀が光りながら風は弱まるはずなのに更に増している

「……不味いわ、刀との対話をやめなさい!美摘っ!!」

ギシギシと本殿の柱が軋む中で一つの理由が祖母の頭に浮かぶ



【審神者の能力の暴走】

能力に才能があるとはいえまだ美摘は年端もいかない子供だ、若くても審神者の試験を18歳以上で行うことが多いのは常識的な善悪の判断ができるようになる一区切りの年齢であるというのが主な理由であるが……
純粋過ぎる思いは時に過剰な力を生み出す
それがよい事ばかりでないのは今目の前に起きている光景を見ればわかるだろう
刀に憑依させて会話したい、それだけの純粋だったはずの思いと恵まれた才能は何も間違った事をしていないのに美摘が自ら自分の首を絞めるような能力の暴走を招いている

「このままでは美摘が…危ない!」

能力の調整がうまく行かない故の暴走が止まらなければ審神者としての能力が最悪失われてしまう、目が覚めたら楽しみにしていた刀との対話どころか、他の物とも話すことができなくなっていたなんて 悲しすぎる
美摘の笑顔を守るためにもそれだけは避けなければならない
腕を顔の前で構えながら強風の中心である美摘に近づく、先程からの呼びかけに応じないあたり能力を急に解放しすぎたせいで意識がないのだろう
肌で感じる能力が栓の外れた蛇口の水の様にどんどん流れ出ている
ゆっくりと歩を進めて辿りつくとその理由が明らかになった


「これは打刀と……短刀⁉」
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